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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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 やがて、先生はまた、話し始める。
「そうして、時は経った。ハイラちゃんは、小学五年生になった……」
 咲屋灰良は十一歳、早倉井羅草は三十三歳。
 二人は一ヶ月に四回のペースで診察を行った、。――診察する側と、される側。
「それまでの六年間は、比較的安定していたんだ。でも、また……事件が、起こった」
 事件。
「今度は、規模が広がった。夏のことなんだけれどね……ハイラちゃんが、授業中に突然、教室で、コンパスと椅子を振り回したらしい」
――なっ……。何ですかそれ。つまり……、それは、ええっと……咲屋が、暴力行為を行った、ということ……ですか?
 信じられずにぽかんとする俺に、先生は肯く。
「今回はれっきとした目撃者がいるから、間違いない。そのクラスからいきなり悲鳴が聞こえてきたというので、授業中だったほかのクラスの教師も、急いで駆けつけたそうだよ。でも」
 駆けつけた教師達は、その教室へ入る扉に手を掛けたまま、動けなくなった。扉についている小さなはめ込み窓から――……その教室の内部の様子が、見えてしまったから。
 コンパスと椅子を手に……暴れまわる、というよりもむしろ淡々と、『笑いながら』クラスメートを傷つける、咲屋灰良を目にしてしまったから。
 躊躇しているうち、彼の周りには生徒達が集まり――いつのまにか他学年の教師もやってきて――騒ぎは拡大していった。勿論、その教室の前に全ての教師や生徒がやって来たわけではないが……しかしこの事態が、とてつもなく『異常』なものであることは、そこにいた全員が分かっていた。
「校長先生は、救急車と警察――こちらは秘密裡にだけど――を呼んだ。皆が集まって中の様子をどうすることも出来ずにただじっと見守っていると」
 咲屋灰良は不意に、行動を止めた。
 コンパスを持った右腕と、椅子を持った左腕を両脇に垂らして、辺りを見回し始めた。
 きょときょとと。
 おどおどと。
 まるで、毒気を抜かれてしまったように。
 まるで、急に我に返ったかのように。
 まるで、
 さっきまでとは別人の――……ように。
 咲屋灰良はコンパスと椅子をゆっくりと放して、机から降りた。相変わらず教室の外では、他クラスから集まってきた人間達が緊張しながら彼女を見守り続ける。
 …………間。
 つかの間の静寂。
 そして、それは潰えた。
 咲屋灰良が、彼らの視線に気がついたのだった。
 顔を上げた咲屋が捉えたのは、信じられないほど多くの人間の眼。視線。そしてその全てが、自分に注がれていた……。
 ――――「え、え、……? 何?」
 咲屋は確かにそう言ったのだ、と、後に助かったクラスメートは言った。
 ――――「え……? どうして」
 不安そうに。
 怯えて。
 恐れて。
 ――――「どうして、皆、私を見てるの?」
 そう、呟いて。
 咲屋灰良はそのまま、気を失ったという。
 ふ、と。全身から力が抜けたように。まるで、今の今まで誰かに操られていたマリオネットのように。
「そうして、クラスメートと、担任の先生は、直ちに病院に搬送されていった……。幸い、死者は出なくてね。……いや、もう奇跡と言っても良いかもしれないな。何せ彼女は一時間近く、その状態で『暴れて』いたというのだから」
 本当は、もっと重傷者が出ていてもおかしくなかった。
 本当は、死者の一人くらい出ていても、おかしくなんてなかったのだ。
 それでも、死者は出ず。
 ――――――咲屋灰良は三日間、眠り続けた。