小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

INDEX|27ページ/51ページ|

次のページ前のページ
 

 二日後。
 犯人が、逮捕された。
 男の子が壊されたあの日、黒いコートにサングラスを掛けた、背の高い男が幼稚園に入っていくのを見た、という証言があったのだ。男の名前など、覚えていない。ただ、鳥の名前に関連した名だったような、気がする。
 男は、犯行を否認した。
 当たり前だ。私の、嘘の証言によって捕まってしまったのだから。運が悪かったとしか、言いようがなかった。
 私は、混乱した。あんなでっちあげられた嘘の証言から、犯人が特定され、更に逮捕までされてしまうとは、思っていなかった。
 当たり前だ。そんなこと……当時まだ、たったの四歳と一ヶ月だった私に、想像出来ようはずもない。
「ハイラちゃん、あなたのおかげで犯人がつかまったわ」
「○○君のご両親も、あなたに、とっても感謝しているわ」
 そう、口々に言う先生方。私には、彼女達に聞きたいことが、一つだけあった。
「何かしら。言ってみて。ハイラちゃん」
「何だって、答えてあげるわよ」
 それなら、と私は質問した。
 純粋に、知りたかったことを。純粋に、聞きたかったことを。
 しかし。
 それを口にすると、先生方は沈黙してしまった。その沈黙の間中、彼女達はお互いの顔を見合い、どう答えれば良いかを、口にすることなく、相談し合っていた。
 ああ。
 これは……、聞いてはいけないことだったんだ。幼い私は、幼いながらにして、それを悟った。私が先生に発した質問は、たった一つ。『○○君は、誰がやったって、言っているの?』と。
 ただ、それだけ。
 ああ。
 これは……聞かなければ、良かった。聞くんじゃ、なかった。
 何だって答えてあげる、と微笑んでいた先生も、目を伏せて、私を見ようとしない。気まずい沈黙があたりを支配し始めた頃、私は明るく無邪気な子供を装って、言った。
「やっぱり良いです。聞かなくて」
 その後の先生方の反応は、言うまでもない。こうして、私の、人生初めての嘘は、無関係の人間の逮捕といった形で、幕を終える。
 それはすなわち、私の罪だ。
 幼稚園児がでっち上げた一つの嘘が、一人の罪もない男の、一生を奪った。
 私は、罪人だ。

 結局、あの日砂場で『黒コートの男に壊されかけた』男の子――○○君は、あの日以来、幼稚園には通ってこなくなった。
「○○君は残念なことに、他の幼稚園へ通うことになりました。みんなでお別れの手紙を書きましょうね」
 そう言って、先生は葉書サイズの便箋を配った。
 どの幼稚園へ転園するのか。何故、お別れ会も開かないのか。
 皆が聞いても、先生方は口を濁した。皆が納得できずにいる中で、私は一人だけ、その理由を理解していた。
 あの日のことが、原因なのだ。
『黒コートの男に壊されかけた』こと。
 それは恐らく、少年の心に、癒えることのない傷をつけたことだろう。精神的外傷(トラウマ)。いや、もしかしたら、精神的ではない傷も、その理由の一つかもしれなかった。
 ○○君は、私の目の前で、そんな目にあっていた。……だというのに、私は何一つ、覚えていない。
 私が自分で自分の記憶を消したのだとしたら、その理由は二つ。
 一つは、あまりにひどい暴力行為を目の当たりにしたことでショックを受け、その記憶を無意識のうちに自分の中から消去した。
 もう一つは、自分に都合の悪い記憶だったため、自分の都合の良いように記憶を改ざんした。……後者は、前者とは少し、意味合いが違ってくる。前者の理由は、他者による暴力行為を前提とした推測だが、後者は、自分自身が暴力を振るったのだ、ということ。
 私が、○○君を、壊しかけたのだ、ということ。
 あの日の事件の真犯人は、私であるということ。
 ――――。
 だから、私は。……知らないことにした。いつも通り、振舞うことにした。前者の推測を、私にとっての真実として、受け止めたのだ。
 私は、○○君に暴力を振るってなどいない。
 私は、○○君を壊そうとなど、していない。
 そう思って……いや、思おうとしながら。私は、本当に自分の罪を、忘れていった。