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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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 目が覚めると、まず一番に眼に入ったのは、サクライ先生の顔だった。少し困ったような顔で天井を睨んでいた彼だったが、私が起き上がったことに気付くと、にっこり笑い、私の頭を撫でてくれた。暖かくて、大きな手。お父さんとも、お母さんとも違う。いや、私には、その違いさえ分からない。父も母も、私の頭を撫でてくれたことなどない。
「お早う。よく眠っていたね」
「…………」
 何故、ここにサクライ先生が。
 私の疑問を読み取ったかのように、サクライ先生は優しく笑った。
「ハイラちゃんはね、僕と話をしてる最中に、眠ってしまったんだよ」
 疲れていたんだね、と先生。
 疲れていた? 眠ってしまった? だったら、私はもしかして、また。
「……先生」
「何だい」
「……私……」
 何と言えば良いのか分からずに言葉を詰まらせる私を、サクライ先生は、手で制した。
「話せないんなら、無理に話さなくて良いんだよ。また、君が話したいと思ったときに、話してくれれば良いんだから」
「……うん」
 そうそう、と、サクライ先生は暖かい表情を見せた。その時、私は直感した。――ああ、この人は。この人は、まるで。××××××のようだ、と。
 ××××××。
 誰かの、名前。昔私が好きだった、誰か。
 でも、――思い出せない。輪郭は、かろうじて掴み取れる。記憶の、ぼんやりとした、その表層は。でも、その核となる部分が、どうしても手に入らない。思い出そうとしても、その人の暖かかった間隔しか、今の私には思い出せない。大好きだった、あの人。しかし、でも、何故か、どうしてか……。その人が誰だったのか、どうしても思い出せなかった。
 あんなに暖かかったのに。あんなに優しかったのに。あんなに好きだったのに。
 あの人は、あんなにも暖かかったのに、あんなにも優しくしてくれたのに、世界で一番、好きな人だったのに。
 それなのに。
「どうかした、ハイラちゃん」
 笑みを浮かべたまま、サクライ先生は聞く。「あの人」に、そっくりな、笑み。
「ううん……」
 私は首を振り、なんでもない、と答える。
 なんでもない、なんでもない、こんなことは。
 誰にも関係のない、私の中だけで完結してしまっている事柄。私の中でだけ、生き続ける、記憶の破片。人に言っても、仕方ない。人に言うような、ことではない……。
 あなたのことなんて分かりません、ハイラ。
 自分のことだろう、自分で考えなさい、ハイラ。
 はい、お父さん、お母さん。だから――……。
「ハイラちゃん?」
「…………?」
 サクライ先生は、私の手を包み込むように握った。
「話したいことがあるなら、何でも良い、話してみてくれないかな」
「…………」
「話さなければ、人には伝わらないんだよ。それに僕は、君と話すためにここに来たんだから。……分かるでしょ?」
「……はい」
「今、何か話したいことが……あったんじゃないのかな」
 流石にサクライ先生は、精神科医だけあって洞察力に優れていた。それでも尚黙り続けた私に、サクライ先生は寂しそうな表情を見せた。うつむく私の目には彼の様子はよく分からなかったけれど、彼が私に信頼されていないと思って落胆していることは、よく分かった。
「僕なんて、まだ信用もできないよね……」
 無理に笑う声。そして、立ち上がろうとする気配。
 あ……。
「ん?」
 私は。気がつくと私は……、彼の服のすそを、しっかりと手で掴んでいた。
「ハイラ、ちゃん……?」
「…………」
 サクライ先生は戸惑っていたが、それよりも戸惑ったのは、他ならぬ私だった。私は手を離して、俯いた。どうして自分がそんな行動をとったのか、分からなかった。ただ、私は。
 行って欲しくなかった。サクライ先生に、一緒にいて欲しかったのだ。
「……先生、帰るの?」
 他に言い方が思いつかなかった。サクライ先生は少し考えるような素振りを見せてから、また私の隣に、座りなおした。
「いや、帰らないよ。君が帰ってくれと言うまで、いさせてもらうことにした」
「…………」
「さて。何から、話してくれるのかな」
 にこやかに。暖かく。
 そう、私に問いかけた。
 思い出しかける。思い出せそうな気がする。私が大好きだった人は――××××××は、誰なのか。