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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「あのー……、更衣君? 冷めちゃう……と思う」
――ん?
 気がつくと、咲屋はまた、心配そうに俺を見ていた。
――あ、悪い。いただきます。
 一口すすってみる。
お茶はあまり飲みなれない味で、俺と紅也は二人して顔を見合わせた。
「あのさ、咲屋さん……このお茶」
「え……何? もしかして、口に合わなかったかな……?」
「ううん、美味しいよ。そうじゃなくて、……これ、何ていうお茶?」
「ああ、……プーアル茶っていうお茶。中国茶だよ。……初めてだったかな?」
「うん。長いこと生きてきて、これが初めてだよ。雨夜君は?」
――俺も、初めて。でも、美味しかった。有難う、咲屋。
 肯きながらそう言うと、咲屋は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「ど……どういたしまして」
 紅也は、そんな彼女の様子を眺めながらいやらしくにやりと笑い、俺を見てまた、忍び笑いをした。……何だか今日は紅也の奴、やけに俺に突っ掛かってくるな。
 ま、良いか。
 どうでも良くなって、俺はまたお茶を飲む。うん、初めて飲むお茶だけど、なかなかいけるな。そんなことを考えていたのだが、ふと気付くと紅也が咲屋と会話を交わし始めていた。……ハグレ組の二人の会話……。クラスの奴らが見たら、また馬鹿な噂で盛り上がるんだろうな。
「咲屋さん、悲鳴を上げたのは、君?」
「え? 悲鳴……?」
 咲屋は本当に分かっていないように、紅也の言葉を反復する。紅也は「そう」、と軽く肯いて話を続ける。
「じゃあ、君は何をするために、あんな場所にいたの?」
「ええっと――……」
 咲屋は、返答に窮する。……って、おい。紅也はまるで、咲屋のことを犯人扱いしてないか?
「ごめん、私もよく、覚えてないの」
「……覚えて、ない?」
 紅也の、訝しげな声。それもそうだろう。自分の取った行動の理由・目的について、まるで覚えていないと言うのだから。俺も呆気に取られて、咲屋を凝視する。しかし咲屋は真面目な表情で深く首肯し、
「実は私、不定期に、記憶喪失になるの」
 などと。
 いまどき、笑い話にも冗談にもならないような。虚言と笑い飛ばせば良いのか、それは大変だなと肩をたたいてやれば良いのかすら分からないような、そんなコトバを。
 その、小さな唇で、言った。
「……えっと、……信じて貰えないかもしれないけど、本当なの。それで、病院にも通ってて……」
 精神病院、とかだろうか。
 咲屋は急に立ち上がり、近くにあった棚から何やら取り出してきて、俺たちの前に差し出した。医師の処方箋、のようだ。達筆なのかただ汚いだけなのか判別しかねる筆記体で、短い箇条書きとしてしたためられている。
「ええっと。……早倉井(さくらい)医院、精神科?」
「うん、そう。私、小さいころからそこの病院の先生――早倉井羅草(らくさ)先生に、お世話になっているの……」
「ふうん……。本当みたいだね。で、その、不定期になるっていう記憶喪失を、さっきも発症していたと」
 紅也の赤い瞳は既に、処方箋から咲屋の灰色がかった瞳へと移行していて、優しげに微笑みかけていた。……しかし、俺には分かる。その優しさは恐らく、全くのマガイモノ。咲屋を安心させるためだけにつくっている、偽者の微笑。仮面、なのだ。
「不定期――……って言ってたけど。この頃は、そんなに発症しては、いないのかな」
「……それが……」
 咲屋は視線をうろうろとさ迷わせる。壁、テーブル、床、天井、紅也の長くすらっとした細い指、俺の顔。
「…………」
 紅也はしばらくそれを黙って見ていたが、ふっと表情を緩めた。
「いや、咲屋さん。もう良いよ。別に、そこまで聞きたかったわけじゃないし」
 意外とあっさりと引いた紅也。咲屋はどことなくほっとした様子で、紅也の瞳に視線を戻す。
 だが――……。
 俺の顔を見て、またそわそわと。咲屋はそのカヲに、何かの表情を宿した。『それ』は。
 不安、焦燥、悲哀、悲嘆、後悔、――……。
『それ』は。
 それらの内の、一体どれだっただろう?
――……咲屋?
 俺が声を掛けると、咲屋はまた視線をさ迷わせ――……終いには俯いて、自分の手を見つめてしまった。
――どうかしたか?
「……えっと」
 しばらくの間そのまま言葉を探していたようだったが。彼女はやがて、何かを決心したかのように、その灰色の、深い色をした大きな瞳で俺を見上げて。
「どうして、私のことを、責めないの?」
 と。
 本当に不思議そうに――……どこか震えるような声で……――悲しげな、瞳で。