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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「更衣ー本当にありがとなー」
 放課後、帰路に着く俺の傍にうっとうしくついて回っているのは、島路求だった。大きなスポーツバッグを背負っているせいで、妙に迫力があるように見える。もっとも、今の俺には、ただ邪魔くさいだけだったが。
――ああ、分かったから、いい加減離れろ。
 手で払うと、島はその坊主頭に夕日を反射させながら、俺から数歩離れる。
「本当、感謝してるんだよ。大黒と、今より親しくなるチャンス!」
――あー……はいはい、分かった分かった……。
 静かに帰らせてくれ。お前の感謝の念は、もう十二分に分かったから。
 そう思いながら、でも口に出すことはせず。俺は島の台詞を、適当に聞き流す。
「でもよー、大黒、オレに冷たくねえ?」
――そうですね……。
「……はっ。まさか、冷たく当たるのは愛情の裏返し……?」
 そうかもですねえ。
 はいはい、勝手に盛り上がっていてください。
 うっとうしくて仕方ない。大体こいつ、通学路違うだろうに。
――なあ島、お前バスに乗らなくて良いのかよ?
「んあ、バス? あー、オレ今小銭ないんだわ」
――…………あ、そう。
 別に。
 別に、こいつのことは、嫌いではない。むしろ、なかなか気さくでいい奴だと思ってさえいる。嫌いでは、ない。けれど――……好きでも、ない。
 はっきり言ってしまえば、どうでも良い。
 この高校を卒業してしまえば、道ですれ違っても気付かないかもしれない。挨拶をされても、誰だったか思い出せないかもしれない。そんな、認識しかしていない。
 そんな認識しか、していないというのに。
 何だってこうやって――……俺に、つきまとうんだ。どうして、こんなに性格が良い人間ばかりなんだろう、俺の周りは。恵まれている、と考えた方が……良いのかもしれない。
 こんな俺でも、好いてくれるというのだから。
 …………『更衣雨夜』を。
『それ』が仮面だったとしても。『それ』が嘘で、虚飾で、ごまかしで、まやかしで、幻だったとしても。
 彼らが好いているのが――『それ』らだったとしても。
 俺は、感謝すべきなのだろう。
 大黒大黒と呟きながら歩く島の横顔を、考えながら眺める。
 何故。どうして。
 俺みたいな人間の傍に、こいつみたいな人間が歩いているのだろう。本当に不思議で、不自然だ――俺にとっては。
 感情が。
 人間に対する感情が抜け落ちてしまっている俺と。
 人間に対する感情をむき出しにした、島のような人間と。
 何故――どうして。
「ん? 更衣、どうした。何か俺の顔に付いてたか?」
――あ、いや。なんでもない。
「ふうん」
 まあ良いや、と島は笑い、
「何にしろ、本当感謝してんぜ」
 と言い残し、
「そんじゃ、オレはここで」
 と、曲がり道を走っていった。余程嬉しかったのか、所々蹴躓きながら。――……あ、あれって、スキップのつもりなのか。
――ふう……。
 ようやく『うるさいの』が消えて、俺は一息つく。
 島の、ああいった騒がしさというのは恐らく長所なのだろうが、裏を返せばただのうるさい奴になる。長と短が同一。裏表のない、単純明快な、人間。本来人間は、そうあるべきなのだろう。下手に仮面をつけてしまえば、それを外すタイミングを計り続けながら生きていかねばならない。
 ……俺はもう、そのタイミングを計り損ねてしまったのだろう。
――……はあ。
 意味もなくため息をついて、俺は大通りを歩き出した。――一人で。