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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「……ええっと、……更衣君?」
 二時間目が終わり、次の授業の準備中。咲屋が、遠慮がちに話しかけてきた。
――…………。
 まさか咲屋が自分から話しかけてくるとは思ってもいなかったので、俺は驚いて言葉を失う。咲屋はもう一度、更衣君?と俺を呼んだ。
――あ、ああ。何だ?
「……えっとね、次の時間、教科書見せてくれないかな。忘れて来ちゃった……みたい」
――ああ、オッケー。
 なんだそんなコトか、と思いながら答えた俺に、咲屋はにっこりと微笑んで。
「有難う」、と。
 ひどく無邪気に――およそこの世界における悪意という悪意を知ることも感じることもなく生きてきたかのように、無邪気に――微笑んだのだった。
 それはまるでガラス細工のように透明で。
 ガラス細工のように繊細な、ともすればガラガラと音を立てて壊れてしまいそうな――……
 そんな、微笑みだった。
 ――――……ああ。
 俺は。
 俺は、その微笑みに、恐怖を抱いた。
 悪意を知らない微笑み。
 悪意とはどこまでも無縁な……言うなれば、赤ん坊が母親の腕に抱かれて浮かべる、世界中で最も悪意からかけ離れた笑みのような、微笑み。
 あまりにも。
 あまりにも、咲屋灰良は純粋すぎた。
 透明すぎて、無邪気すぎて、
 あまりにも、俺とは違い過ぎた。
 違い過ぎて――……俺は、否定したくなった。
 こんな。
 こんな、存在。
 いるはずがない。いる訳がない。いてはいけない。いるなんておかしい。いるなんて――……
 思っても、みなかった。
 他人を疑わず。他人を恐れず。他人を騙さず。他人を信じきって。
 自分を、さらけ出す人間。
 俺のことを――……
 俺のことを、よく知りもしない癖に。
 俺のことを、どうしてそんなに信用して。
 そんな微笑みを見せるんだよ。
 俺がどんな人間かも知らない癖に。
 俺は、咲屋の微笑みに、恐怖を抱いた。
 それは、
『それ』が、壊れてしまうのではないかという恐怖。
 あまりにも純粋で、透明で、無邪気で、無色すぎた、微笑み。
 いるとは思っていなかった、そういうモノを持っている、人間。
 それが、ほんの僅かな拍子に、失われてしまいそうで。そして、それを壊してしまうのは――……
 他ならない、自分のような気がして。
 壊れたら、どうなってしまうのか。
 恐ろしくて。
 それを考える事は――……それ自体が、俺にとって『恐怖』そのもので。
 だから。俺は。
 俺は、考えることそれ自体を放棄した。
『恐怖』を、放棄した。
 いるはずがない? いる訳がない? いてはいけない? いてはおかしい? いるなんて――……思っても見なかった?
 …………。
 だからなんだ。
 知ったことじゃない。俺には関係がない。関係があったとしても、――興味が、ない。
 だから。
 だから俺は、その微笑みに対して思ったコトを一瞬の内になかったコトにして。
 どういたしまして、と。
 言葉を返したのだった。