男子校読書倶楽部
本の国の住人達は
翌日から祢は人気のない古びた第三校舎に向かい、階段を上り、もう既に甘い香の立ち込める奥の部屋、家庭科室のドアの前に立った。
小さく握りこぶしを作るとノックを一回、三秒、間を空けてからゆっくり五回、またノックをする。すると、中からガチャリと鍵を外す音がした。
これがここのキマリなのだそうだ。
開く様になったドアに手を掛け静かに開ける。SHRが終わってから直ぐ来たつもりだったが、もう既に三、四人の部員達がそれぞれ座りたいところに座り、読みたい本を読んでいた。サボりでもいるのだろうか、と思いながらも此方には目もくれない部員達を見て、思った通り、目だった交流はないのかもしれない。
祢はまた静かにドアを閉めると、鍵を掛け、他の部員達がいない空間を見つけて荷物を置き、棚やダンボールの中に詰められた本から読みたいものを探し始めた。
童話やSF、恋愛系やファンタジー、色々と種類のある中からまだ読んだことの無いSF本を取り出すと、改めて家庭科室内を見渡した。
たった一つの出入り口であるドアは、案の定、内側から黒い紙を隙間無く綺麗に貼り、中からでも外からでも覗けないようになっていた。壁下にある小さな戸にも、一つ一つにどこで手に入れたのか頑丈そうな鍵が掛けられ、更にそこに本が敷き詰められたダンボールが置かれ、そこからは一切出入りが出来ないようになっていた。
反対側を見ればカーテンは全く開けられていない。
外からの侵入を悉く阻むであろう厳重さに、妙に感心しつつ、部屋の隅に目を向ければ扇風機とストーブが並んで置かれていた。
もうここで過ごす為の準備が随分前から整っているようだった。
ここだけの空間で満足できるものにする、つまりそれは何ものも外部からの侵入を許さないものかのようにも思え、このあからさまな要塞の姿からもそれを窺えた。
こう改めて観察しているのも、印鑑を貰う前に宮崎から色々と話を聞かされたこともあってだった。聞いてもいないことをあれやこれやと話す彼が言うには、なんでも宮崎が来る三年前からはもう既にこの様な形になっており、部内に残される日誌を確認する限り十年以上前からあの大量の本が家庭科室に持ち込まれていたらしい。
前の顧問は年配の方らしく、生徒達がすることには大して口出ししないような人だったらしい。宮崎が試しに電話で部活の事を聞いたら、さしてあの部の歴史を知っている風でもなかったという。つまりは、謎だらけということだ。
まぁ、兎にも角にも普段は存在自体が周りから忘れ去られ、こんな隔離された空間である、家庭科部こと、読書倶楽部はこうして安泰に日々を過ごせていけているということだった。
生徒会にも他の部活にも侵されることのない、隔離された場、隔離された人間達が、自由な時間をすごし満喫する、画期的な場所。
居場所のない者、好んで通うもの、執着する者、またそれとは全く違う理由を持つ者、持たない者。さまざまな人がいるだろう。色んな思いが交錯する場にもなるかもしれない。だが、祢はそれに巻き込まれてはいけないと思った。決して自分はそれに混ざって流されてしまってはいけないのだ。