男子校読書倶楽部
家庭科室をあとにし、職員室前まできた祢は宮崎先生とやらに入部のための印鑑を貰うため、入り口に貼られた職員用座席を眺めていた。上から順に追っていくと端の方にその名前を確認した。するとふとその時、ある疑問が浮かんだ。
―――そういえば、あれはいったい何部なのだ
「ああ、確かに僕はあの部活の顧問だよ」
とりあえず聞いてみるより他にないと先生の下に行けば、想像していたよりも若い、二十代前半に見える男がニッコリと笑顔でこちらに顔を向けた。
面くらいながらも肝心の本題を切り出すと、宮崎は先ほどの笑みとは違う面白そうな表情を浮かべて見せて
「あれは家庭科部だよ」
「か、家庭科部」
「表向きはね」
どういうことだと首を傾げると、宮崎は声を潜めて聞こえるように身を寄せた。
「表向きはお菓子作り基本の家庭科部。しかし、いざ蓋ならぬドアを開けて見てみれば…ってね」
そこまで言って離れると笑みを深くし、人差し指を立て宮崎は声を潜めたままこう言った。
「我等は自称…読書倶楽部なのさ。」
―――通りで見つからないわけだ
赤い印鑑の押された紙を眺めながら祢はハハッと自嘲した。
部活案内に家庭科部が載っていたことさえ覚えていないほどこの部活は自分の視覚テリトリーから大幅に外れていたといってもいい。
紙ごときに載せられた情報でそれらの全てを決め付けるのは大いにいけないことだ、絶対にしちゃいけないことだ。あの部活が存在し入部できたことが奇跡だと思っている祢は心の内で大きく上下に深く頷く自分の様が想像できた。
しかしこれからは、とても多くの物語を読めていけるということに、そのための時間がとてつもなくあるということに、彼は久しぶりの嬉しさ溢れる気持ちを、抑えきれないでいたのであった。
これが彼にとって想像だにしない、新たな世界と物語りへの扉を開けてしまっていたとは
知らずに。