男子校読書倶楽部
そこは自分が想像していた世界とは全く異なるものだった。
もう既に使われなくなった家庭科室の有様はというと、アルミの光沢を放つ調理台に飲み物や一階にまで漂っていた元凶であろう作り立てのお菓子が並び、その近くには数名の男達が疎らに座って…
本を手にしていた
我が目を疑った。本だ。10人にも満たないだろう室内の男達は皆必ずその手の中に本を納めていた。呆気に取られて視線を彷徨わせると、開けられた棚、普通だったら調理器具やら食器が入っているであろう場所に沢山の本が敷き詰められているのが目に入った。
何がどうなっているんだと立ち尽くしていると、いきなり「おいっ」と低い声が飛んできた。驚いてその方向に目を向けると、本を片手に足を調理台の上に組んで乗せ、行儀の悪い体勢で座る、黒髪の男が眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「そんな乱暴に開けるな、壊れるだろうが。…ったく、あー入部希望じゃないなら出てけよ。見学無用。」
不機嫌そうに手を振って追い返すような動作をした後、男は本に視線を戻してしまった。いつのまにか此方を見ていた他の部員達も、それぞれの世界へと戻ってこちらには興味ないとでもいうように完全に無視の状態だった。
あまりの理不尽さに憤慨してしまいそうなところであるだろうが、こちらはいつの間にか魅せられてしまっていた。この世界に。見た瞬間だろうか、状態を把握してからだろうか。だがそんなのはどうでもいいことだ。どっちみち自分は、ここに背を向けて出て行く気は毛頭起こらないのだ。紛れも無く、自分はこんな世界を望んでいたのだから。
毅然とした態度で中へと踏み込むと、そのふんぞり返る男の前まで行き立ち止まる。息を小さく吸い込んで呼吸を整えた。大丈夫、言える。
「…すいませんでした。入部希望なんですけど、顧問の先生を教えて頂けませんか」
ドアを乱暴に開けたことを最初に謝るように切り出すと、男はチラリと此方を一瞥した後、宮崎先生だ。と一言いって視線を外した。それ以上は何も言われなかった。
だから祢は、今度は背を向けてここを出て行けた。決心していたから、とも言えるし、何より祢自身があの空間を凄く好きだと、呑気ながらにだが本能的に感じてしまっていたからであった。