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男子校読書倶楽部

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校内を彼はグルグルと探索した。絵を描くもの、遠くから聞こえる多種多様な楽器の音色、黙々と四角い機械の箱をじっと見つめて手を動かすもの、習字、華道、映画―――映画か。

ふとその教室の前で歩みを止めた。映画は悪くないと思った。これでも夜の暇な時間はドラマを見るし、金曜ロードショーとかでSFやフィクション映画を見るのも云わば趣味の一つと言えた。いいかもしれない。

彼は躊躇いもなくそのドアを開けた。ガラガラとスライド式の特徴である木下のローラーを転がす大きな音をたててドアは開いた。

ドアの向こうには雑誌を読む者やカメラ、ビデオテープを弄る者、絵を描いている者の姿と、そしてその者達の刺す様な視線であった。

その時、緊張とは違うチクリとした懐かしい感覚が彼を襲ったが、それはドアの向こう側にいた一人の青年から発せられた言葉で一瞬にして消えた。

「こんにちは。見学ならこっち」

青年は暗幕で隠された向こう側の場所へいけと言っているのだと察した。言われた通り祢がその場を通りすぎその向こう側を覗けば、背の高そうな男が数脚の半円形に並べられた椅子の一つに腰掛けのんびりと読書をしていた。

本、本だ。久しぶりに本を真剣に読む男を見た気がした。
男は確かに長そうな足を組んで偶にパラリと本を捲り、その傍から見て様になった格好で分厚そうな本を読んでいた。恐らく辞書では無い筈だ。

一歩、二歩と無意識にもそれに吸い寄せられる様に足を踏み出すと男が祢に気づいた様でゆっくりと顔を上げた。先ほどの部員達とは違い刺すような視線ではなく、何ものにも感じられない、唯簡単にいうと寧ろキョトンとした目であった。

「ああ、ごめん。ここに座って」

男は自分の座る隣の席をポンッと叩くと、読んでいた本をそれとはまた別の椅子の上に置いて立ち上がった。指示された椅子へと座ると男は机を引っ張り出してその上に写映機らしいカメラのような物をセットし、ノートパソコンを立ち上げた。そしてカタカタと軽快な音をたててキーボードを叩き始めた。

「去年俺等が作った映画を見せるから、まぁ…興味があったら入ってよ」

強制とも懇願とも感じ取れない調子の言葉で言われた後、壁に掛けられた薄いスクリーンに光が当たった。これで自分の役目は終わったであろうと、男は窓のカーテンを閉じてまた本を読みだしてしまった。部屋の電気である蛍光灯はこちら側だけついていない。窓から差し込む光で読んでいたようだ。カーテンで遮られたこの空間で本を読むのは例え昼間だろうと至難の業ではないだろうか。

「あの」

思い切って声を出す。男はそんな彼の声に本から顔を上げないまま「ん」と返事をした。

「読みにくくないですか、別にカーテン開けてもいいですよ」

そう祢が言うと今度は男は顔を上げた。映画とはというともう話に入っていたが、此方の方が気になってそれどころではなかった。男はそんな祢を見て苦笑した。

「映画より、こっちが気になるの?」

その言葉に少し押し黙る。だが白状するかのようにはい、と素直に頷いた。

「俺とこれ、どっちに?」

男は本を持ち上げて尋ねた。その質問は所謂そういうことなのだろうかと少し冷汗をかいたが疚しい事を考えて自ら口火を切ったわけではない。祢は迷わず本です、と応えた。


そんな彼の返事に男は残念、と肩を竦めて業とらしく呟くと本を閉じてそれとはまた別の質問を重ねてきた。

「映画と本、どちらが好き?」
「……本です」

そう、と男は驚きもせず返事をした。今更思ったがこれは不味い受け答えではないだろうか?だがそうだとしても唯一の救いは彼もまたこうして部活内で本を読んでいるということだった。人の事を言える立場ではないだろう。

「俺も本は好きだけど映画の方が上。だからここにいる。だけど」

君は違う。と怒っている様子もなく、男は言った。祢は素直にその言葉に頷いた。

「映画もね、多少なりとも好きなら勿論俺の様に本を読んでたっていい。だけどここは映画研究部だ。映画が一番だ。」

また頷く。まったくその通りだ。だけど、他にどこにいけばいい?

「第三校舎に行ってみな。甘い香のする方に君の望むものがあるかもしれない。気に入らないようだったら…またここに来ればいい。」

悟られたように言われた言葉はまるで呪文のようだ。祢が首を傾げると彼は続けさまに、そして微笑んでいった。

「できればここにいて欲しいけどね。ここに辿り着いて道を教えたのは君だけじゃないから。一人でも呼び止めてみたいもんだ。」

なぜだかそう言った彼は、どこか寂しそうにも見えた。

作品名:男子校読書倶楽部 作家名:織嗚八束