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ハロウィンの夜の魔法

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 目抜き通りから一本それた裏路地を進んだ先、とある建物の前で立ち止まるとアリアはノックもせずにドアを開けた。扉にはシンプルなプレートが掲げられており、そこには『煌々屋』の文字が見て取れた。
 どうやらここが、アリアとマリアの『店』らしい。
 アリアは店に入るときプレートを裏返して、『Close』を外へ向ける。
 店には、少女がひとり正面奥のデスクで何やら気難しげに帳簿と睨めっこしていた。が、音に気づき顔をあげる。アリアと瓜二つの容貌だった。彼女がマリアか。本当にそっくりだ。まるで、畏怖を覚えるほどに相似形である。
 ただ異なるのは、頭に被った三角帽を飾るリボンの色だった。アリアのリボンは薔薇のように深い深紅に対しマリアのそれは海の底のような深い青だった。店に来るまでに聞いたのだが、相似形は魔を呼び寄せてしまうから、敢えて異なる色のリボンをつけているらしい。そういうところも、双子が忌み嫌われる所以なのだ。
 マリアは、アリアに不機嫌顔で、遅い、と文句を言うと、それとは打って変わった極上の笑顔をリゼルに向け、いらっしゃい、とのたまった。それから手元に広げていた分厚い帳簿をぱたんと閉じると、立ち上がって店の奥に続くドアを開けた。
「こんなところじゃなんだから」
 外から見たときには小さな店だと思ったのに、中はどこまでも続いているのかと思うほど広かった。扉を抜けた先にはニスで塗った廊下が延々と伸びていたが、それがどこまで続いているのかはわからなかった。
 二人はリゼルをくぐった扉のふたつ先の扉の前まで案内すると、そのドアを開けた。
 どんな魔女の巣が広がっているのかとリゼルは身構えたが、視界に飛び込んできたのは思いのほか普通の造りの部屋だった。
(ここでも普通)
 普通。普通。まるで普通の魔に取り付かれたようだ。けれど彼女たちの話では、彼女たち魔女が住んでいる限り、オークストンの町は半分魔法界なのだという。
 ほうほうと立ち昇るココアの湯気を眺めながら、リゼルは様々なことを聞かされた。
 双子やリゼルは、人間と魔法使いのあいだに生まれた子であること。
 そうした子は、十六の誕生日を迎えるまでに魔法使いになるか、人間として暮らすかを決めなければならないこと。
 魔法使いとなれば、魔法界の理(ことわり)に死ぬまで縛られること。
 このままリゼルが知らないままでいたら、魔法使いの血は消え、人間として生を全うできたこと―――。
「でもリゼル、あなたは願い事を持ってしまったわ。だから、決めなければならないの」
 魔法使いとして生きるか、それとも今までどおり人間として生きるか。
 リゼルは膝の上でぐっと拳を握り締める。
 魔法なんて、使ったこともなければ身近に感じたこともない。そんな兆候さえ、リゼルは感じたことがなかった。
 けれど……たとえば、母が話してくれたあの物語。あれは今考えれば、まさにこのことだったのではないか。
 もし、リゼルが十六になるまでハロウィンの夜の魔法の物語を覚えていて、それを信じ続けていたならば。
 あるいは、魔法使いとしての道が拓かれると。
 母は伝えたかったのはそういうことなのではないか。
 それに、魔法使いになれば今まで絶望に満ちていた世の中が、少しはマシになるかもしれない……。
 けれど、リゼルの瞳に光った思いを読んだのかマリアが釘を刺してくる。
「言っとくけど、人間に復讐しようだなんて考えてはだめよ。言ったでしょ、魔法使いの道を選べば、その瞬間からあなたは魔法界の理に縛られるって」
 先刻見せた笑顔とはまるで別人のような冴え冴えとした声音に、リゼルはびくりと肩を揺らす。
「魔法界の理って?」
 マリアはついと双眸をすがめると、リゼルを見据え、言った。
「人間に一生仕えるということ」
 瞬間、リゼルに戦慄が走る。
 人間に、一生、仕える。
 これまでも散々世間に罵倒されてきたと思っていたのに、これ以上の仕打ちが待ち受けているというのだろうか。
 驚きのあまり動けないでいるリゼルに、マリアは淡々と告げる。
「ハロウィンの夜のみに子供たちが扉を開く魔法を使えるでしょ。あれは何も別に、慈善事業ってわけじゃないの。わたしたちは扉を開放するかわりに、子供たちから笑顔の力をいただいてるの」
 特に魔法を信じるような素直な子供の笑顔は、とびきりの魔力の源となるのだそうだ。
「子供の笑顔の魔力は、魔法界では高く売れるから」
 その代わり、何でも願いを叶えてやるのだという。上等な笑顔をくれた子供には、それに見合うだけの魔法を。
 だから人間を懲らしめようなどという考えなど、持ってはいけないのだ。魔法使いの源は、人間の子供にあると言ってもよいのだから。
「どうする? あなたには、選ぶ権利がある」
「そうね。わたしたちには、無かった権利が」
 その言葉にリゼルの脳裏に疑問がもたげる。
 わたしたちには無かった?
 人間と魔法使いのハーフの子には、十六の誕生日を迎えるまでにどちらかを選ぶ権利があるのではなかったか。
 リゼルの問いに、マリアは自嘲的な笑みを浮かべる。
「わたしたちは、選ぶことさえ許されなかったの」
 ふっと零れた吐息は、溜め息か己自身への憫笑かはわからない。
「ほら、言ったでしょ、ここに来るまでの道で……わたしたちは、殺されなかったけど母さまに育てられもしなかったって。わたしたち、道端に捨てられてたところを、魔法使いと人間のハーフの子が集まる孤児院の院長に拾われたんだよね」
 アリアの言葉にマリアは頷く。
「だからわたしたちに選択肢は無いの。物心ついた頃には、もう魔法の特訓を受けてた」
「それで気づいたら魔法界の住人として、生きていたってわけ」
 ハーフの子は、一度魔法の呪文に手を出したらたちまちその身が悠久の時を生きる魔法使いのそれに変化してしまう。そして二度と、人間に戻ることはできないのだという。
「今なら、まだ選べる。どうする?」
 じっと見つめられ、リゼルは瞑目した。
 願い事が叶うというハロウィンの魔法を追い求めてオークストンまでやってきたが……どうやら、とんでもないところに自分は来てしまったらしい。
「…………願い事だけ、叶えてもらうことは、できないの?」
 アリアとマリアは緩慢にかぶりを振る。
「確かにリゼルはまだ十六になってないけど……でもだめね、笑顔に幸せが宿ってないもの」
 リゼルのように絶望を知ってしまった少女には、屈託の無い無垢は二度と宿らない。たとえ一時の幸せを感じても、リゼルのような少女の感じるそれは、それはどこか翳りのある幸福だ。
 リゼルはポケットの上から、母の形見の銀針に手をやる。
 きっと、母はこのこともすっかりわかっていたのだろう。母は、己の死期がそう遠くないことを予見していた。だから、リゼルが選ぶ権利を持っていることを教えたくて、あの物語を語って聞かせたのだろう。
 リゼル自身は、その物語に出てくる子供たちにはなれないことを知っていながら。
 どの道リゼルは、絶望に見初められた少女なのだ。
 ならば―――……。
「……いいわ。あたし、魔女になる」
作品名:ハロウィンの夜の魔法 作家名:夜凪