生物は温かい。
僕は青山さん…青山浬のことを考えながら家路を急いでいた。
彼女は今、僕の家に住んでいる。
あの日からもう三日たったけど、相変わらず彼女はいる。
突然の様に現れて、当然の様に居座る。
…これって僕を取り巻く人生そのものみたいだ。…
そして僕はそんな受け身の人生が嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
人は静かなのに車は騒がしい夜のオフィス街を子供みたくスキップまじりで駆け抜けて、恥ずかしくなって慌ててやめた。
変だ。
…なんだか最近、僕は変だ。
太陽はとっくに隠れている空の下、無数の窓からは光が漏れていた。
僕はこの、街中特有の香りが嫌いじゃない。
寂しいくせに何かわくわくする。
車のエンジン音とか。
というか、田舎も都会も結局はどっちでもいいのだ。生きていければ。
僕はタクシーを止めた。
タクシーの運転手さんは僕話苦手なんですわーと言いながらぺらぺらと面白い話をたくさんしてくれた。
不思議なくらい陽気な気分の僕は、いつもより少し多めに相槌をうつ。
彼は言う。小うるさい奥さんの突飛な勘違いだとか、タクシー仲間の酔った時の変な癖だとか。
降り際、「お話上手ですよ。すごく楽しかったです。」と言ったら、「いやー、お客さんが聞き上手なんですわ。」と言われた。
楽しい運転手にあたるとちょっと嬉しい。…これは社会人になってからのちょっとした発見だ。
…僕は酔ってはいないはずの体でフラフラと家へ歩いていく。
彼女は…
帰ってくるだろうか。今日。
まぁ、とにかくご飯でも作ろう。
弱った生き物は、温かいご飯の香りによわい。
…ということを、僕はとても知っているのだ。
それから僕がそういう生き物にご飯をやるのがとても好きだということも。