生物は温かい。
僕はちらりと彼女を見た。
そして、目をそらす。
「菊池さんは行きますか?」
えっ?と僕は慌ててふりかえった。
僕と同じくつい8ヶ月前にこの会社に入社した佐久間さんだった。
佐久間さんはこの課の同期の社員唯一の女の子だ。
肩ぐらいまで伸ばしたストレートの髪をふわっとうち巻きにしている。
身長は紗英子と青山さんの真ん中位で、入社前はエスカレーター式のお嬢さま大学に通っていたらしい。
…というのは全て僕の上司である合田氏から聞かされた情報だった。
佐久間さんはきょとんとしている僕を見て、くすくすと笑った。
「もうっ今日の飲み会ですよ。」
「あっあぁ…」
すっかり忘れていた。
青山浬は来るのだろうか?
僕はちらりと彼女を見た。
そして、慌てて目をそらす。
「もーっ早く決めて下さいよぉ?今日の幹事さん合田先輩なんですよっ」
合田さんはなぜか僕を気に入ってくれる先輩だ。
そして若い女の子も大好きな先輩だ。
僕は合田さんが嫌いじゃない。むしろ好きだ。
愛すべき正直者という点で、…そして何にでも適当な割になんとかなっちゃう仕事の腕の持ち主という点でも…僕は彼を結構尊敬している。
しかしこの人が幹事をやってまともな飲み会が開かれたことは一度もなかった。
「…ん、今日はやめとく。それにこんなぎりぎりで大丈夫なの?」
佐久間さんはあからさまにがっかりした顔をした。
「えーっ合田先輩なら菊池さんのためならどうにでもできますって!行きましょうよー」
僕は苦笑いをした。
そう、僕はこういう押しに弱いのだ。
しょうがないなぁ、となってしまう。
ちなみに合田さんもこういう類の押しが上手いタイプだった。
僕が諦めて承諾しようとした、その時だった。
青山浬が合田さんに近付いていった。
びしっと髪をひっつめて、きつくアイラインをひいた僕の「上司」の青山浬として。
青山浬は無駄なくサクサクと歩き、きちんとホチキスで綴じた書類を机に置いた。
「合田さん、これお願いします。」
「おっけー青山ちゃん…は、今日来るっけ?」
青山浬はどうでもよさそうに答えた。
「いえ、行きません。」
「あ、行きません。」
…いつのまにか僕は佐久間さんにそう言っていた。
僕はもう青山浬を見なかった。