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生物は温かい。

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「こんにちは。」

女は子供の様な顔をしていた。
けれども勿論決して子供の訳がなく、彼女はれっきとした女だった。

女はどうやら風呂上がりの様だ。
半分は予期していたことだったのに私はパニックに陥りかけた。
私が選んだタオルでその白く細い体を拭いたのかと思うと。
でも私はギリギリのところでつかみかからなかった。
わずかなプライドがそうさせたのだ。
有り難いことに。


「…斎、はどこですか。」

絞り出す様な声が出た。
斎の部屋で、斎によってこんな修羅場が生まれるとは誰が予期しただろう。
そのぐらい彼はよい恋人の代名詞だったというのに。
何処で何が狂ったんだろう。
罰があたったのかも知れない。
斎といると寂しかったから。
いなくても寂しかったのに。
でもこれは言い訳にすらならない。
現に私は裏切り者だ。
そしておそらく斎も。

「さぁ…」

女の台詞は空気に溶けていくかのように消えていく。
それに、あろうことか彼女は私を見ていない。
なんでなんでと私は秘かに叫ぶ。
もっとわかりやすい悪女でいてくれたらよかった。
それかせめて馬鹿な若い女だったら。
こんな、ぽきりと折れてしまいそうな人じゃなく。

「…知らないんですか?」

「えぇ…。気づいたらいなかったの。」

女はぼうっとしたままで椅子に腰かける。
座らないで、とまた秘かに私は叫ぶ。

「あなた…あのこの恋人ね。」

女が突然核心に触れた。
私はぐっと息を飲む。

…そうなの?

私、まだ斎の恋人なの?


…黙り込んだ私を女はあまり気にしていないようだった。
イエス、ととったのだろうか。
否定できない私はきっととても醜い姿をしている。

「安心して。」

「え?」


「何もないから。」



女はベランダを見やる。
私は呆然と立ちつくす。
綺麗だ。
このひとはとても綺麗だ。
台詞だけでなく、このひとごと消えてしまいそう。

…だからか。


「あのこと私、何もないの。」

「…。」

だから斎は

「ただご飯をもらってただけなのよ。」


彼女を拾ってしまったのね。


斎はどこまでも斎だから。

「…大丈夫よ。」

「…。」

「ちゃんと帰ってくるわ。」


女はつーっと涙を流した。

その姿は母を求める子供の様に見えた。
作品名:生物は温かい。 作家名:川口暁