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生物は温かい。

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(陶酔してるんだわ。)

タクシーから降りよたよたと真っ暗なコンクリを進む。
時刻は21時45分。
先程ラジオが教えてくれた。

暖かくも寒くもない気持悪い温度の中を私は進む。
中途半端な住宅街に私の都合のいい別荘は存在するのだ。

ー…彼が居ないことはわかっていた。
今日の飲み会は合田さんが幹事だから。
なぜだかあのこはいたく合田さんに気に入られているのだ。本人も多分気付いているだろう。少し困った顔をしながらも、あっさりとそれを許可している。

多分、合田さんも本能的に察知したのだ。
彼の身軽さを。
若い魚の様にしなやかで、すらりすらりと身をかわす。
他人と自分の間に一枚ガラスの板をたてているから、隔てられた人間はじっとあちら側を見ていることしかできない。…なのに嫌な気はしない。

なぜなら彼は何処までも若いからだ。若くて、清潔だから。

けれど、きっと合田さんも二枚ぐらガラスをはっているんだわ。相手に気付かせないように、最善の注意をはらった。でも、彼とは違って逆にじっとこちらを見てくるタイプだ。
だからこそ彼を気に入ってるんだと思う。

…そして私はそんな合田さんの気持ちがとてもよくわかってしまう。

だけど寂しいのだ。
つまり勝手なのだ。私は。


ハイヒールがぐにゃりと揺れる。まるで重い鉄のようだった。
私がシンデレラだったら足を痛めるわね。ガラス製だということに意識を集中しすぎて。
そもそもガラスの靴なんて渡されても履かないけれど。このハイヒールで手一杯だから。

…くだらない考え事に身をまかすうちに、もう別荘についてしまった。
私の足は頭とは裏腹にアパートの中へと吸い寄せられていく。

(万が一…)

万が一、と考える。
私があの写真立ての「可愛い彼女」と…鉢合わせしたら彼はどうするつもりなのだろう?
実際は何もない。
全く何にもないけれど、そんなことどうやって証明出来る?

…あるいは、
あるいは悪女になるのもいいかもしれない。
だってずっと、一度でいいからなってみたかったのだ。

強く、賢く、傷付き易い立派な悪女に。
そうなのだ。
こんなこと思ってしまう時点で、陶酔してるのだ。
カワイソウな自分に。


作品名:生物は温かい。 作家名:川口暁