生物は温かい。
ー…ようはそういうことだ。
鏡に映る私はひどく不恰好に見える。
最近よく人とかぶるうちまきの短い髪。
出っ張った鎖骨。
ごく普通の目、鼻、口。
すっかり見飽きた私の姿。
…ようはそういうことだ。
私は自分の台詞をきちんと噛みくだし、呑み込んだ。
嫉妬したのだ。
自分のことは棚にあげて。
(だって、でも違う。)
…と、私の中の誰かは言う。
井上君はそういうんじゃない。
だって井上君を失っても私は困らない。
あの、屈託のない馬鹿みたいな笑顔を思い出して、少し寂しくなるだけだ。
友人が引っ越したような寂しさを覚えるだけ。
そんなものだ。
だいたい成り行きでこんなことになっただけなんだもの。
そう簡単に傷付いたりしない。
…突然鏡の中の私と目があい、その瞬間自分が言い訳じみた考えをしていたことに気付いた。
それでも私は動揺を隠せなかった。
自分が嫉妬しているという事実に。
おまけに、おまけに「傷付いている」という事態に。
私はそんな人間ではなかった。
もっと、ずっと薄情な人間のはずだった。
把握していない。
こんなおよそ傷付くべき要素のない、ほんの些細なことで傷付く自分を生まれてこのかた把握したことがない。
淡白なのだ。そうしなきゃ生きていけない世界で私は生きてきた。
いや、全ての女は何かしら武器がある。
少しでも苦しまずにすむように、ごく些細なそれでいて最強の武器をゆっくりと丁寧に作りあげる。
把握していない。
武器を無くすはずがない。この私が。
…あるいは、本当は平気なのかもしれない。
ただ子供みたいに駄々をこねているだけなのかも。
髪をかきわける。
にこっと笑う。
うすっぺらだ。
(…おかしい。)
やっぱりおかしい。
大体普通とはなんなんだろう?
(恋人がディナー中に突然みしらぬ女を抱えて何処かへ行ってしまったの。)
(そのあと何のフォローもないの。)
(そしたら近頃電話が来ないの。)
(でも平気よ、私も浮気してるから。)
(平気よ。)
(平気よ。)
どうして私達は何事もなかったかのように過ごしている?
臆病なの?
…本当にただそれだけ?
頬を軽く摘む。
桃色のマニキュアを薄く塗られた爪で。
すると、頬にほんのりと赤みがさす。マニキュアの色の様な。
「…なんて愚かなの。」
私は芝居がかった台詞を吐き出した。ひとりぼっちで。
でも、平気よ