生物は温かい。
斎が電話に出ない。
一度それを考えたら、たまらなく怖くなった。
斎に会いたい。
斎の声が聞きたい。
安心して、しまいたい。
(…心臓…気持ち悪い)
観葉植物が視界にちらつく。
斎の様に健康なパキラ。
どうしよう、また出なかったらどうしよう。
あと、ワンコールだけ。
胃がひっくり返って裏側を見せたみたいな感覚。
私は冷たいリビングのフローリングに携帯を押しあてたまましゃがみこんだ。
あとワンコール、あとワンコールと期待と不安を引き延ばしながら。
(…あ)
呼び出し音が止まった。
私は安堵してハッと息を吐く。
ぶわっといつも通りの世界が戻る。
…でもここで安心しきっちゃいけない。
「もしもし?紗英?」
明るい、いつもの斎の声。
拍子抜けした私の胃は、ぐるんと表向きに戻った。
「…うん、紗英子。」
携帯だから名前の表示はでてるはずだけど、あえて報告をする。
私はわけもなく笑いそうになって、でも先に不機嫌な声が出てしまった。
「…あのさ、…なんで最近…」
「うわっちょっとごめんっ」
がたっと携帯がそこらに置かれる音の裏に、じゅわじゅわと何かが吹き溢れる音がした。
かたかたとせわしない、斎がそれらを片付ける音も。
(…料理作ってるんだ)
少し驚く。
嫌、前から結構器用にお弁当を作ってきてくれたこともあったけど…。
一人暮らしだし家ではほとんど自炊しないって言ってたから。
(…雑誌とかの結婚したい男NO1になれそう)
下らないことを考えながら斎を待つ。
足の下のフローリングは自分の体温で温まってきた。
…数分後、斎がすまなさそうに電話に帰ってきた。
「ごめん、強火で3分が長すぎた」
まだまだ許すつもりはなかったのについつい笑ってしまう。
だってそれがあまりにもとぼけたもの言いだったから。
「紗英子?どした?」
「…」
…どうしよう。
何も浮かばないわ。
だって目標は達成出来てしまった。
私はそれ以上望めないし、望まない。
「…ううん、…たまにはいいじゃない?最近互いに忙しくて会えないし」
(なに言ってんだか)
「…そうか。そうだね。」
(聞けよ)
「…うん」
(聞いてしまえよ)
「会いたいよ」
…あの女の人は誰だったの?って。
「…私も。」
聞いてしまえよ。