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ハロウィンの夜の殺人

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私は眼もとから零れそうな雫を必死でこらえて言った。
唇を裂けるほどかみしめながら。
「はい……ミッシェル様……」
「それでいいのよ」
ミッシェルが立ち去った。
何も考える気になれない。
しばらく私は放心状態だった。
そしてようやく私がその状態から抜け出した時既に日が沈んでいた。

それからは地獄の様な毎日だった。
ミッシェルに従い尽くす日々……。
スミスと話すことの出来ない苦痛。
もし叔父さんという支えがいなかったら今頃私は精神を病んでいただろう。
もう少しだ、もう少しの辛抱だ……。
ハロウィン・パーティーまであと一週間だ。
一週間の辛抱だ……。
私は今ミッシェルから受けた指示に従っている。
スミスと二人きりで作業をするダナエの邪魔をするために誰かをそこに向かわせろという指示に。
ちょうどドランが教室から出てきた。
ちょうどいい。
「ドラン」
後ろ姿に呼びかける。
「なんだ?」
振り返って当然の質問をする。
「一週間後のハロウィン・パーティーの話なんだけど」
思いついた答えを口にした。
「そう言えばもうそんな季節か」
そんなことはどうでもいい。
早く「仕事」を済ませたかった私は若干イライラしながらも感情を押しとどめて続けた。
「ええ、実はスミスがダンスホールの用意で手間取ってて」
「つまり手伝えってことね」
すぐに用件を察してくれたので少しほっとした。
「まぁ、そういうことね」
「分かったよ」
「ありがとう」
これ以上話したくなかった私は腕時計を確認するフリをすると「もう行かなきゃ」と言いドランに背を向けた。
背後でドランが何かを呟いたようだが聞き取れなかった。
というか興味もない。

遂にハロウィン・パーティー当日だ。
だが楽園にたどり着くための最大の試練が今日だ。
今日を乗り越えれば……明日から……もう私はミッシェルにおびえなくていいんだ。
今日で地獄は終わりだ。
そんな私の胸中を表してかダンス・ホールはにぎやかに踊る人々で満たされていた。
よく見るとスミスをパートナーに踊るダナエの姿があった。
その顔はとても幸せそうだ。
もしもミッシェルの邪魔が入らなかったら今あそこにいるのは私だったかもしれない。
そう思うとなんだか悔しくなってドレスのスカートを握りしめた。
ミッシェルも妬みのこもった表情で二人を見ているのだろうか。
その様子を想像すると自然と私の口元は緩んだ。
ざまあみろ。
心の底からそう思った。
その時誰かが私の肩を掴んだ。
振り返るとあの悪魔が―ミッシェルがそこにいた。
「ちょっと外を歩きましょう」
私は半ば強引に中庭に連れ出される。
「ねぇ見た?」
ミッシェルが苛立ちを隠さず言った。
「何をですか?」
この目でハッキリと見たがそうは答えなかった。
せめてもの抵抗だ。
「ダナエがスミスと楽しそうに踊っているのをよ」
ミッシェルが口元を歪めた。
「ここで命令よ」
予想は出来ていた。
「ダナエとスミスを引き裂いてほしいの」
「ダナエ達をですか……」
「そうよぉ。あなたも嫌でしょう、あの二人が仲良く踊っているの」
それはそうだが私はミッシェルの言いなりになるのが一番嫌だ。
「私はそうは思いません」
もうこいつの言いなりになるのは嫌だ。
最後はキッパリと言ってやりたい。
「なんですって……?」
「もうあんたなんかの言いなりになのなんて嫌、私はもうあんたの奴隷なんかじゃない!」
私は今までの怒りをこの言葉に込めた。
私の突然の言葉にミッシェルはしばらく困惑した様子だったがすぐに邪悪な笑みを作った。
「残念だけどそれは無理ね。忘れてないかしら、あんたの運命は私の手の上にあるのよ?」
残念だったわね、ミッシェル、あなたの運命の私の手の上にあるのよ。
そう言いたいのを必死でこらえた。
「今すぐ土下座して謝るなら許してあげないこともないわよぉ?」
「あんたなんかに土下座するくらいなら死んだ方がマシよ」
「へぇ……言うじゃないの子供を撥ねたクソ野郎のくせに」
ミッシェルが苛立っているのが口調で分かった。
「他人に仕事をやらせて、自分では何もできないあんたに言われたくないわね」
私の表情は自然と不敵な物になっていった。
目の前のミッシェルは私の突然の変化に右往左往している。
その後しばらく私はミッシェルを罵った。
いつもとは立場が逆ねミッシェル。
それに対してミッシェルは清純そうな見た目とはかけ離れた下品な言葉で応えた。
「もういいわ、あんたの人生を台無しにしてやるわ、そして永遠の後悔に苛まれなさい!」
捨て台詞を残してミッシェルはダンス・ホールに戻って行った。
今日一日で私のうわさが広まることはないだろう。
私は優越感に浸りながらダンス・ホールへと歩き出した。

パーティーが終わり人がゾロゾロと帰っていく。
私は深呼吸をした。
ここからが修羅場だ……。
落ち着くのよアマンダ。
銃口を向けて引き金を引く……そして逃げるだけ簡単じゃない。
担任クラスのイスに腰かけて私は思考の旅に出ていた。
頭の中でいくつもの未来が生み出される。
その中には飛び上がるほど嬉しいものもあれば身震いするほど恐ろしい未来もあった。
「アマンダ」
その声で私は現実に引き戻された。
声をかけてきたのは私と同じ係のルシアンだった。
「片付けを始めるぞ」
「分かったわ」
私は腰を上げた。
遂に始まりだ。

しばらく片付けをすると私は腕時計を確認した。
時間だ。
同僚に気付かれないように自分のロッカーに向かった。
手袋をはめてから拳銃を取り出した。
念のため黒いコートと同じ色の深い帽子をかぶった。
これで夜空の下で私を見つけるのは多少困難になるだろう。
「始まりよ……」
私は拳銃をコートの中にしまうと行動を開始した。
足音を殺しながら、周囲に細心の注意を払いながらダンス・ホールに向かう。
中に入るとテーブルに座っていたミッシェルがこちらに顔を向けた。
「あら、どちら様?」
丁寧な口調で聞いてきた。
どうやら彼女以外いないらしい。
「私よ」
私は帽子を脱いだ。
「あら、アマンダ……謝りに来たのかしら?」
現れたのが私だと分かった瞬間彼女の目つきが変わった。
鋭い、狩人の目だ。
私はその言葉を無視し向かいのイスに座った。
「ねぇ、本当は謝りに来たんでしょ?あの時の哀れな行動に後悔したんでしょ?」
「違うわ、私は―」
私はコートの中から拳銃を取り出した。
「あんたを殺しに来たのよ」
銃口をミッシェルの額に突き付け撃鉄を起こす。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
ミッシェルの顔が恐怖に歪んだ。
「私を殺したらどうなるか分かってるの……?犯罪よ?服役生活よ?」
「大丈夫よ、キチンとプランを練ってあるの……それよりも今度はあなたが謝る番みたいねミッシェル」
「……私にどうしろって言うのよ……」
「何をしてもかまわないわよ」
次にどんな行動を見せてくれるか楽しみだ。
もちろんあんたは謝るなんて愚かな行動はとらないわよねミッシェル?
「わ、悪かったわよ……謝るわ……ごめんなさい……」
拍子抜けだ。
私は引き金にかけた指に力を込めた。
「答えは……NOよ」
「やめて……!」
私はとびっきり邪悪な笑みを作って引き金を引いてやった。
作品名:ハロウィンの夜の殺人 作家名:逢坂愛発