ハロウィンの夜の殺人
「よろしい、では弾丸を入れてみろ」
叔父さんは私の目の前に一発の弾丸を置いた。
私はシリンダーを取り出すとそこに弾丸を入れ、気取った調子でくるくると回転させた。
そしてシリンダーを戻す。
これで弾丸の装填は完了だ。
「上出来だ。今は弾丸は抜いておけ」
私は装填したばかりの弾丸を取り出すと、再び拳銃をテーブルの上に置いた。
「ハロウィン・パーティーがあると言ったな?」
「ええ」
「準備はもう始まっているのか?」
「ううん。明日から始まるの」
「ちょうどいい」
叔父さんは拳銃を持ち上げた。
「誰かにこの拳銃を触らせて指紋を付けろ」
「どうやって……?」
「そうだな……。この拳銃をどこか目立つ所に置いておくんだ、きっと誰かが、「誰かがしまい忘れたオブジェ」とでも思って片付けるだろう」
「その時に指紋を付けるのね」
「ああ」
「でもこの拳銃、既に私と叔父さんの指紋が付いてるわ」
「問題ないさ」
叔父さんは拳銃をテーブルに置くと手袋を手にはめ、立ち上がった。
叔父さんはポケットからハンカチを取り出すと蛇口の水で濡らした。
「これで拭き取ればいい」
そう言って再び拳銃を持ち上げ全体を拭いた。
「これでよし」
叔父さんは拳銃をテーブルの上に置いた。
「この手袋を使え」
叔父さんは手袋をもう一組取り出すと私に差し出した。
それを受け取り、手に付ける。
「この拳銃を触る時は必ず手袋をはめろ。ちょっとでも指紋が付いていたらおしまいだ。万が一付いてしまったらさっきの様に拭きとれ」
「分かったわ」
*
私と叔父さんはミッシェル殺害の計画を慎重に練った。
その結果殺すのはハロウィン・パーティー後の片付けの時に決まった。
私も第二校舎の片付けで残るので殺すのは簡単だ。
だが私の姿が見当たらないと怪しまれるだろう。
だから叔父さんにアリバイを作ってもらうことにした。
ミッシェルが担当するのはダンス・ホール。
幸いダンス・ホールには裏口があるので逃走も楽だ。
その裏口で叔父さんにビールを渡してもらい私はそのビールを仲間に渡す。
伝票があるのでキチンとしたアリバイとなるはずだ。
*
私は今日の出来事を日記に書きとめた。
私には日々の出来事を日記に残しておく習慣があるのだ。
いよいよ明日から準備が始まる。
それと同時に作戦も……。
*
二人分の指紋が採取出来た。
ドランとダナエの物だ。
ランダムに置いた結果運命はこの二人を選んだ。
気の毒だが仕方ない。
ダナエの指紋が付いたのは運が良かったのかもしれない。
なぜならこれでもう一人のライバルも同時に消えるからだ。
さらに幸運なことに私は彼女のハンカチも手に入れることに成功した。
これは叔父さんに渡すことにしよう。
*
家に戻るとミッシェルからの手紙が届いていた。
恐る恐る封を切る。
中から出てきた手紙には短くこう書いてあった。
明日の昼の12時に「グリーン・ウッズ」で会いましょう。
遂にミッシェルと二人きりで会う日が来てしまった。
いずれ来るかとは思っていたが……。
行きたくない、だが行かなければ彼女はすぐさま私の人生を潰すだろう。
*
グリーン・ウッズはカフェだ。
その前でミッシェルは待っていた。
「ハーイ、アマンダ」
ミッシェルがニッコリと笑いかけて来た。
だが私はその下に隠された残酷な悪意を感じ取った。
私も答えた。
「ハーイ、ミッシェル」
声が震えないように努めた。
「とりあえず中で話しましょう」
さらに私の耳元に口を寄せて言った。
「私たちの秘密の話を」
ミッシェルが残酷な笑みで私を見つめた。
私はそれを睨むことしか出来ない。
「さあ、早く入りましょう」
ミッシェルが入口を開けた。
わざわざ私を待っている。
私はせめてもの抵抗として早く入り口を抜けた。
そんな私を嘲笑うミッシェルの笑い声が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
ウェイトレスが頭を下げた。
「隅っこの席をお願い」
「かしこまりました。こちらです」
ウェイトレスに案内されてたどり着いたのは本当に隅っこの席だった。
幸運か不運か、周りの席には誰も座っていなかったため、おそらく私たちの話し声は誰にも聞こえないだろう。
「さあて。アマンダ私たちの話を始めましょうか」
「……」
「答えはもう決まった……」
そこでウェイトレスがやって来たので会話は中断された。
ほっとした。
だがこのウェイトレスが離れれば再び悪夢の会話が始まることになる。
「コーヒーをお願い。あなたも飲むかしら?」
「いいえ」
飲む気などになれなかった。
「あらぁ勿体なぁい」
そんな言葉すらも嫌味に聞こえる。
ウェイトレスが離れ再び二人きり。
ミッシェルは言葉を発さずただ私を見つめている。
たまに口元を歪ませて。
ウェイトレスがコーヒーを運んで来てミッシェルの前に置いた。
彼女が去り遂に地獄が始まった。
「さあ、さっきの続きを始めましょう。まずはあなたの答えを聞かせてくれるかしら?」
動揺した様子を見せるな。
叔父さんの言葉が頭の中で再生された。
「私はあなたの奴隷になんかならない」
ハッキリと言ってやった。
予想外の返事にアマンダは驚いたようだがすぐに不敵な表情を作り言った。
「そうよね。きちんとした証拠がないと、従う気になれないわよね」
やはり彼女は本当に私の秘密を知っているのだ……。
「あなたのために小声で言うわ」
ミッシェルは私の耳元に口を寄せて言った。
「あなた小さな男の子を撥ねてるでしょ、それも飲酒運転で」
ミッシェルは元の姿勢に戻った。
「違うかしら?」
私は動揺を隠せなかった。
「これでもまだ従わないと言うのかしら……?」
私は言葉を発することが出来ない。
ミッシェルはそんな私をさも面白そうに眺めている。
「どうなの……?」
「分かったわ……」
こう答えるしかないだろう。
「そう、いい子ね。じゃあこれにサインして」
そう言うとミッシェルは文字が書かれた紙とボールペンを取り出した。
契約書だろう。
本当に準備万端だ……。
その紙にはこう書かれていた。
私はミッシェル・コーネリアの命令を聞くことを誓います。
以下の条件にも同意します。
?ミッシェルの名前を呼ぶ時は「様」を付け敬語で話すこと。
?いかなる状況下でもミッシェルの命令は聞くこと。
?二度とスミスに関与しないこと、これは彼との会話も含める。
「一番下にあなたの名前を書きなさい」
私は悔しさのあまり唇を噛みながらサインした。
「それでいいわぁアマンダ。いい子よぉ」
ミッシェルが邪悪な笑みでニタニタと笑った。
普段の彼女なら到底見せないであろう下品極まりない、しかしとても邪悪な笑みだった。
「あら、私そろそろ行かないと」
ミッシェルが腕時計を確認して言った。
しかし私は言葉を返すことが出来ない。
ようやく彼女と離れることが出来て嬉しいはずだ。
しかし……契約書にサインしてしまった今では到底そんな気持ちにはなれない。
なぜサインなどしてしまったのだろう。
今になって後悔の波が押し寄せてくる。
弁解など後からいくらでも出来たはずだ。
なんで……なんで……。
「それじゃあ、学校で会いましょう?忠実なしもべのミス・アマンダ」
ミッシェルが立ちあがった。
作品名:ハロウィンの夜の殺人 作家名:逢坂愛発