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左手ピース

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01.四・一六事件




 事の発端は二年生になり、新学期が始まってからだった。

 オレのクラスは2年B組で文系クラス。もう二年生だと言うのに将来何をやりたいか決まっていない(まだ二年生という考えは甘いらしい)。
 そのくせ、理系科目が全くできない、文系の方が履修科目が楽そうだから就職に不利な文系に在籍するという我ながら馬鹿だなという道を先が見えないまま歩んでいた。
 今が楽しければそれで問題ない、と割り切っていても刻一刻と迫ってくる将来のことを考えると頭が痛くなってしまう。こんな時代に生まれてしまったのがいけないのだと自分以外の人格のないもの、例えば学校、政治、世界だとかに責任を無理やりに押し付け、自分の責任を隠しながら毎日を凌いできたが流石にそれももう難しくなってきたようだ。

 ついに新しい担任に呼び出された。


「鈴木くん? そろそろ進路希望調査書を出してくれないかな」


 控えめに言ってすごく濃い化粧を仮面のごとく顏につけた新しい担任の女教師。山口先生。結構若いけど彼氏いんのかなあ。


「鈴木くん! ぼーっとしてないで質問に答えなさい!」
「あ、すみません」
「で?」


 進路は全くと言っていいほど決まっていません! 適当に進路は決めたくないし、書きたくもない、将来なんてどうなるかわからない、決まっていない。だから当分調査書を出すつもりはありませーーん!!
 
 なんて言えるはずもなく。あー、とかうーん、とか口篭っているオレを見かねてヤマグチは「まだ決まっていないのなら周辺の大学を書いて出しなさいね」と言ってオレを職員室という牢獄から解放してくれた。


 そして、牢獄を出ようとしたその時、事件は起こった。これは世に言う四・一六事件である。
 オレとすれ違う瞬間に筆舌にし難い美少女が女の子特有の良い香りと共に通ったのだった! 一瞬の出来事でオレの小さな脳みそはフリーズしてしまったが気力で解凍し、すぐさま美少女の後を目で追った。後姿までも完璧な美しさであった。「凍れる音楽」という表現はまさにこの人のためにあるんじゃないかと思ったほどだ。悪いな、フェノロサ。薬師寺東塔の為にその言葉はあるんじゃないのだよ。彼女の為にあるのだよ。

 そうこう考えているうちに彼女はヤマグチのもとに向かい、話しかけていた。
 待てよ。こんなに美しい女子生徒がいるのならばなぜ今まで気づかなかったのだろうか。オレが鈍感なのか? いやいや。オレも男だ。分からないはずがない。
 そこである答えに行き着く。


 転校生?


 今ならば神様を信じて祈ろう。全く都合のいい奴だと言われたって構わない。今はそうせずにはいられないのだから。


 神様、彼女が二年生でしかもB組でありますように!!


 まだ名も知らぬ美少女。だが、オレはその子に一目惚れをしてしまった。
 彼女を巡っての激しい戦争になるだろうと自分の進路なんかそっちのけで予想し始めた。


 これからもっと大変なことに巻き込まれていくだろうとも知らずに。未来ってそんなもんだよな?


作品名:左手ピース 作家名:ぼんぼ屋