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左手ピース

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10.後戻りは。




 それでも一限目以外はきちんと授業に出た。意外にも自分の神経はそれなりに図太く作られているらしい。
だが、厄介だったのが国語の担当でオレの担任のヤマグチであった。彼女に一限目に出席しなかった理由を貴重な昼休みの時間によりにもよって職員室で問い詰められ、まさか「男に告白されていろいろあったからです」なんて言えるはずもなく、適当にはぐらかした為に説教を食らい(主に進路がどうのこうといった具合だったが)、散々であったが、その際にたまたまそこにいたマツハシさんとたまたま目が合い、微笑みかけてくれたのでヤマグチによる嫌な思いは相殺された。むしろオレの気分はプラスの方向へ転換されたのである。


「何、ニヤけてんのよ」


 ヤマグチの睨み、頂きました~。……こわっ。
 やっぱり、オレの気分はマイナスへと否が応でも転換されてしまった。
 それにしても、ここ最近のヤマグチの凶暴化はどうしたものだろう。相変わらず化粧は濃いのに。彼氏にでも振られたのかな?


   ◇


 ヤマグチからの口うるさい説教と睨みから解放された昼休み、教室へ戻り弁当を広げたところへ、女の子特有の良い香りと共にマツハシさんがオレの所までやってきた。心臓が爆発寸前ですよ。


「あの、スズキくん?」
「はっ、はい! 何でしょう?!」


 彼女は、ふふっと上品に笑って「面白いわね」と言った。何か可笑しなことをしただろうか? とりあえず、穴があったら入りたい。でも、マツハシさんがオレに話しかけているからそこは我慢することにした。


「ヨウのことなんだけど」
「…はぁ、何でしょうか……?」


 今、最も触れたくない話題だ。オレの視線と声量が自然と下がっていくのが分かる。


「ヨウ、我が儘なところも沢山あるだろうけど、よろしくね」
「え、いや、あの、その、彼とはお付」
「ちょっと感情的になっちゃう所もあると思うけど、ヨウはスズキくんのこと本当に好きみたいで。何かと言えばスズキくんのことばかり喋るのよ」


 話を最後まで聞かないのは姉弟共通事項らしい。
 どうしよう、これ、もう後戻りはできないってやつか? 少しずつ、少しずつ、オレの退路が狭まってゆき、脱出口である入り口(出口なのに入口って可笑しいよな)が閉ざされていくような感覚に陥る。でもこれは後戻りをしなければ一人の男としてどうなんだろう。
 半ば無力感にひたっているオレを前にマツハシさんは、アイツがどれだけオレを好きなのか必死に話してくれている。弟思いのマツハシさんも素敵だ。だが、話かける相手を少々、いや、だいぶ間違ってしまっていることに彼女は気づかないのか。気づかなくてもいい! 少しだけでも違和感や疑問を持ってくれ! これが、せめてものオレの願いです……。

作品名:左手ピース 作家名:ぼんぼ屋