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左手ピース

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08.ジーザス!




「ということで、好きなんです。先輩のこと」
「な……っ!」


 なんという直球野郎だ。


「好きです」
「え、いや、あのさ、トマトがさ、美味しいんだよねこの季節はさ、」
「好きです」
「え…その、北京ダックは美味しいよね」


 めでたく振りだしとなった。昨日と全く同じ状況。
 いや、残念なことに少し進んでしまったのかもしれない。


「好きです」


 アイツの顔は真剣そのものだった。それにすぐ右隣にいるせいでとても物質的な距離が近い。顔が、何よりも近い。


「好き」
「うーん、えっと、遺伝子の構造はさ、この季節は、」
「……どうして?」
「え?」


 一瞬。

 一瞬。見えたんだ。アイツの昨日と同じ、傷ついた顔が。それは昨日より傷を増していた。でも一瞬だったんだ。
 だって、アイツの顔がどんどん近づいてきて、近づいてきて。近すぎて表情が見えなくなったから。
 それは軽く触れる程度の一瞬のキスだった。キスなんて、ましてや男となんてしたことなかったが、それは、優しいキスだった気がした。不思議と嫌悪感はしなかった。

 唇がそっと離れて、アイツと目が合う。その目が合った瞬間にギュッと抱きしめられた。

「……すみません」
「……」
「怒ってますか? 気持ち悪いですか?」

 早口で言い切った質問。そう思うならこの腕を解けばいいのに。

「それは、できないんすよ」
「……変なやつ」


 オレはコイツに抱きしめられるがままになっていた。混乱していた。
 コイツは傷ついているはずなのに、オレがきっと傷つけたはずなのに、なんでそんなオレに優しいキスをしたんだ? できたんだ? 何で? どうして、抱きしめている?

 左手ピースのオレにこの難問は、手強かった。
 そして、マツハシさんの笑顔がオレの脳裏をよぎった。

 あぁ! ジーザス!! どうとでもなれ!

作品名:左手ピース 作家名:ぼんぼ屋