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左手ピース

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「そんでって……。付き合ってもいないのに彼氏とか…それにさ、お」
「ええええええ?! 俺たち付き合ってないの? え、……ええええええ?!」


 いや、だからさ、ちゃんと人の話は最後まで聞け。
 コイツは相当な衝撃を受けているようだった。衝撃を受けるべきはオレの方だというのに。大体、いつからそんな話になった? オレには全く覚えがない。……ん?


「先輩、俺とメアド交換してくれたし、電話番号も教えてくれたし……てっきり」


 そういってコイツは溜息を長々と吐いて、演劇部が勝手に置いたベンチにどさっと力なく腰を下ろした。
 やってしまった。そうか、オレの脳がストライキを起こしているうちにそんなことをしてしまってしたせいか。参ったなあ……。

 あ。そうだ。


「なあ、なんでオレに告白したの?」
「え?! いきなりっすね!」


 唐突に思い出したのだ。コイツにきちんと聞いておかねばならないことがあることを。
 オレがいいから答えてと言うと当然のように「好きだから」と真面目な顔で答えた。


「いや、あのさ……だから、なんで好きになったの?」
「えー、秘密ですよ」
「……」
「あー、冗談っすよ! えっと、長くなりますよ?」

 そう言うとアイツはベンチの左側を空けてここに座るようにとベンチをぽんぽんと叩いた。一応、一定の距離を開けて座ることにする。

「……どうも」


 それから、アイツはオレの右隣でその時のことを何か大切なものを取り扱うかのようにゆっくり、優しく話し始めた。


「転校してから初めて学校に通った日に、たまたま先輩のこと見たんですよ」
「先輩ってオレだよね?」
「当たり前っすよ。その時はまだ先輩の名前わかんなかったけど、あ、綺麗な人だなあ……って思って」
「へ、へぇ~」
「あ、顔赤くなってる!」
「んなわけないだろ! 早く続けろ!バカ!」

 まったく、冗談が通じないんだからと苦笑しながら言った。だが、俺の内心はというと正直驚いていた。驚きすぎて危うく心臓が口から飛び出すかと思った。だって、『綺麗』だなんて。言われたことがない。悲しいことにオレは平凡な顔である、と思っていた。あー、本当に顔が赤くなっていたらどうしよう。
 アイツは続ける。


「で、俺、バスケ部じゃないですか」
「う、うん」
「バスケ部が使っているコートと演劇部が使っているステージってすぐ隣でしょ?」
「そうだな、本当に近いよな」


 演劇部の活動場所は体育館にあるステージで部室はステージ向かって左側にある。階段があって、下は体育用具の置き場所なのだが、階段を上がるとそこそこ広い部室となっている。ちなみに男子バスケ部の部室は演劇部部室の反対側、ステージ向かって右側にある。演劇部側と違って階段はなく、まるまる部室という造りになっている。


「バスケ部に顔だしてみたら、ステージの上に朝見た綺麗な先輩がいるという、ね。ホント、驚いた」
「お、おう」
「この人、役者なのかなと気になってたんだけどそうじゃないみたいでちょっとがっかりしたんすよ?」
「あはは、オレ、音響だもん。演技はしないよ」
「うん、ずっとコンポの傍にいるから音楽係だ!と思って」
「音楽係って……」


 苦笑すると、アイツも笑った。よくみるとマツハシさんと姉弟なだけあって整った、綺麗な、でも男らしい顔だった。くそ、一個下のくせに。生意気な。


「それで、その日に姉貴が先輩と同じクラスだって知ったときはもう、感動ですよ」
「なんじゃそりゃ」
「姉貴にクラスにカッコイイ奴いたか~って冗談で聞いたら、カッコイイっていうより綺麗で可愛い子ならいたよって言うもんだからさ。まさかと思って、演劇部かって聞いたらうんって答えて、おおおおお!! みたいな?」
「え、え、ええええ! マツハシさんがオ、オレのこと綺麗で可愛いって?!」
「うん、そうっすよ。……何テンション上がってるんすか」
「なっ、なんだっていいただろう!」
「……んで、名前聞いたら明日覚えてくるって言ってたんすけどね」
「ありゃ。名前より部活名って……演劇部ってそんなに印象強いもんかな」
「さあ、どうっすかね」


 あ、鈴木だしな。
 妙に納得した面持ちでいると、アイツはニカっと笑って「それでどんどん好きになっていっちゃって、抑えきれなくなりました」と言った。本能に忠実な奴め。


「てか、オレさ、顔だけ?」
「?」
「つまり、お前さ、オレの顔だけ好きになったってことじゃん」
「違いますよ!……そりゃ、最初は顔からでしたけど」
「ふーん」
「どんな人かどんどん気になっていって……あの、これ、話さなきゃなんないんすか?」


 ちょっと照れた顔をしたアイツは、勘弁してくださいとお願いするかのような表情でオレを見てきた。しょうがない。


「うーん、いいよ、しなくて」
「なーんだ」
「え、じゃあ続けてよ」
「え! いや! いっすよ! 勘弁してください!」
「どっちだよ」


 そう言うとアイツは恥ずかしそうに「知ってほしいけど知ってほしくないんすよ」と言った。変なやつ。

作品名:左手ピース 作家名:ぼんぼ屋