日向に降る雪
「なんと、めんどうくさいマスターか」
「うるさい、黙れ。そもそも君が盗まれたのが悪いんじゃないか」
「それを言われると……すまない」
「罰として、雪村君をここへ呼びたまえ。人数は多い方が良い」
「嫌だ」
即答中の即答だった。これ以上ない即答だ。
「なぜだ?」
「彼女までこんな阿呆なことに巻き込んでたまるか」
隣で天野さんがうんうんと首を縦に振る。
「全くの同感です」
「君たちはマスターに逆らうのか」
「マスターならマスターらしくコーヒーでも淹れておいてくれ。とにかく雪村さんを呼ぶわけにはいかない」
彼女にこのごたごたで無用な心配をかける前に、さっさと解決してしまおう。私は隣の天野さんをちらりと盗み見た。この利発そうな人物ならば、きっと大丈夫だろう。
「とりあえず私は彼の家に向かおうと思う。天野さんは研究室へ向かってくれ」
「研究室……ですか?」
「買いあさった本と可能性の芽はつんでおきたいタイプなのです」
今の私の笑みは、正義の味方というよりは悪の魔王と言う感じだろう。なかなか気分が高揚する。
「コーヒー入ったが?」
道理で良い香りがすると思った。このバカはこういうところが律儀で困る。きっと、ただのボケなのだろうが。
「マスターはもう良いんで、それを飲みながら彼女と愛でも語らっていてください」
「把握した」
そう言って早坂はノートパソコンに向き直った。心底嬉しそうな顔をしている。すまない、早坂。ドン引きだ。そんな私の服の裾を引っ張るものがある。無論、もう1人の人物だ。私は彼女に向き直って、口を開いた。
「では、いきましょう天野さん」
「はい、マスター」
その最高の笑顔をぶっ壊すように、私と早坂の声が不本意ながら重なった。
「君のマスターは私です」「君のマスターは彼です」
果たして彼女の笑顔は崩壊し、ぽつりと悲痛な叫びが呟かれた。
「……勘弁してください、先輩」