バスルームの楽園
「雫ちゃん」
「…なんですか」
朝一番に顔を合わせたのは何者でもない、昨夜遅くに(遅く、本当に遅く。常識もへったくれもない)菓子折りを持ってのこのこと私の家にやってきた磯谷しぶきだった。綺麗に書かれた字を見つめながら、私は昨夜のことを思い出していた。
ノリコはまず磯谷しぶきの容姿の美しさに興奮し、続いて菓子折りに興奮した。どこそれのとっても有名な菓子店のものだという菓子折りは、変な色の包装に包まれており、どことなくノリコを思い出させた。ノリコがわざわざ有難うねえというと、磯谷しぶきはぺこ、と頭を下げて背中を向けた。
「…あの子こんな時間に一人で大丈夫なのかしらねえ、」
磯谷しぶきが一言も声を発さなかったことは気にならないのか、ノリコはもらった菓子折りを愛おしそうに撫でながらリビングへ消えた。私は恋二階に上がると、そっと窓を開け、あの洋館を見つめた。家中の電気を消しているのか、それこそ誰も住んでいない昨日のままの様な洋館がそこにはあった。磯谷しぶきはもう寝ただろうか。親はどうしているのだろうか。これだけの家に住めるということは、やはり裕福な家庭なのだろうか。きっと、こんな大きな家に住んでいるんだから、幸せなんだろう。遠くで犬が吠えているのが聞こえている。