バスルームの楽園
ところで私の家の近くには大きな洋館がある。白い壁に蔦の茂る、ちょっと不気味な洋館。何年か前まではおばあちゃんが一人で住んでいたけれど、そのおばあちゃんが去年だか一昨年だかに天に召されてからは誰も住んでいないようで、キレイに咲いていた薔薇は枯れて今では不気味さを際立たせていた。
幸いまだ出たことはない。これには確信がある。なぜなら、あの荒れたバラ園を見ておばあさんが平気でいられるはずがないから。あんな、お化けみたいなバラ園を見たら、きっとおばあさんはもう一回昇天しちゃうんじゃないだろうか。つまりそれくらい荒れ放題なのだ、あの庭は。私にはお化けに庭の手入れができるかなんて分からないけれど。
「あれ、」
「あ、雫」
「何してんのノリコ」
大きな洋館の前に青いチェックのエプロンを掛けたまま突っ立っているのは紛れもなく私の母親、ノリコだった。ノリコは興奮した口調で私を手招きすると手入れされたキレイな爪であの洋館を指した。
「…誰か引っ越してくるの?」
まさか、とは思いながら聞いてみればパニエで膨らませたふわふわの真っ白なスカートに大きなリボンのついたブラウスを纏う、洋館が気持ちが悪いほどよく似合うノリコは顔の前で手を合わせて
「そうみたい。どんな方なのかしら!」
と言ってにっこり微笑んだ。少女趣味を通り越して、どこか不気味さまで感じさせるその笑顔は、この洋館とそっくりだ。死んでもそんなこと言えないけれど。
「苗字、分からないの?」
「んーとね、たしか磯谷さんって仰るみたいよ。あなたと同い年のお子さんもいらっしゃると聞いたけれど…」
あーノリちゃん羨ましい!そう言いながら先を歩くノリコの背中を見ながら、私は磯谷しぶきの顔を思い出しため息を吐くのだった。