天上万華鏡 ~地獄編~
同じように笑みを浮かべながら聞いていた人物がもう一人いた。その者は、表情は同じであってもその心中は真逆だった。
「春江……いよいよ私に近づいてきましたね。あなたの成長をこの目で早く見たい。待っていますよ」
殷の帝、仁木龍生だった。ハルの声を聞くことができたうれしさ、成長を目の当たりにした喜びから思わず顔を綻ばせた。
「難攻不落の修羅地獄において、入獄したての新人がトップに就くなんて今まであったか?」
「トロン……刑務官の俺ですら、聞いたことないな……」
ディスク倉庫のモニター室で、ハルの建国宣言を聞いていたトロンとカミーユは眉をひそめながらしみじみと語り合った。椅子に座って目の前にあるモニターを目にしていた二人の後ろからダニーが割って入ってきた。
「ハルがジブリール様だという確証を得るにはどうすればよいかということだったが、妙案がある。転生するのに転生管理局局長のラファエル様の認可が必要だということを考えれば、ラファエル様が情報を握っていると考えるのが定石」
「その通りですが、ラファエル様から話を伺うことは……」
「私は三等検察官だぞ。捜査に必要であることさえ証明できれば、そんなことなんぞたやすい」
そう言いながらダニーは二人に面会許可証を見せた。
「これは……」
カミーユが声を漏らすのも無理はない。今自分達がしていることは上層部の陰謀を告発すること。だからこそ秘密裏に事を進めなければならない。なのに、局長級の高官に接触する程の大きな動きにまで発展している。しかも、そんな突拍子もなことを眉一つ動かさずに当たり前のこととして処理するダニー。カミーユは、四等という階級にいる自分との格の違いをまざまざと見せつけられたように気がした。
「そんなに驚くことはない。ラファエル様はジブリール様の動きを擁護する立場。この件に乗るのは至極当然の思考だと思わないか? むしろ自分が大きな動きができない分、我々が活発に動いてくれた方が助かるはずだ」
「なるほど……」
「そんなことより、貴様等の動きは分かっておろうな?」
「はい。私はこのディスクを手にジャッジ様の元に」
トロンは、ジャッジの名前が抱えたディスクを手にしにした。皆がその内容に驚愕したあのディスクである。
「その通り。奴の驚く顔が目に浮かぶ」
ダニーはふっと微笑むと、ふいにハルが映っているモニターを見つめて呟いた。
「地獄の罪人全てを救うために、前世救済局の局長の座を蹴ってまで罪人として潜入したジブリール様……記憶をなくしてもまたその理念を失わずに元首にまで上り詰める。利己的だとしても生き残れない地獄なのにな……ましてや慈悲なんぞ邪魔以外の何ものでもないはずなのに、むしろそれが武器になる……か。カロルが最も嫌うタイプだな。リスクを負ってまで潰す価値のある存在だとするのも頷ける」
トロンとカミーユはダニーの言葉を感慨深げに聞いた。そして暴く陰謀が身に余る程大きい存在だといことを再認識し息を呑んだ。
同刻、修羅地獄の入り口、ジョニービルの壁文は、ローマ帝国と殷による勧誘文の他にハマス共和国のものが追加された。
「私があなたを救います。あなたの心にある闇を私が全部背負います。だから大丈夫。もう震える必要はありません。ハマス共和国元首、ハル」
ハルの建国宣言とジョニービルの壁文により、ハマス共和国に人口が大きく流れた。それは、ハルの言葉や歌が忘れかけていた想いを奮い起こたことに起因していた。その想いとは自分自身に対する愛情だった。常に自分のことを蔑ろにされていたため、自分を守るために他に対する攻撃を強めていた。逆に深い愛に包まれることなんてあり得なかった。
ハルが言う「あなたを救います」という言葉は、そんな荒んだ心に眩しいほどの潤いを与えていった。魂をつかまれる程の衝撃を受けた罪人達は、夢遊病者のようにふらふらとしながら、ハマス共和国の領土内に歩いていったのであった。
数万人しかなかった人口が、百万人近くに跳ね上がったことに加え、暴力ではなく愛によって結ばれた絆は、他の二国にはない強い力を生んだ。
これまでローマ帝国と殷によって勢力が二分していた修羅地獄は、ハマス共和国という新たな勢力が加わり、三国時代に突入したのであった。
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ