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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|98ページ/140ページ|

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 しかし、ハルを始めとするカルバリン無血同盟の理念を追い求めるためには、それが一番相応しいと皆納得した。
「だから、私は王様じゃなくて……」
「元首ですね」
 助け船を出す笠木。更に、笠木は次のことを考えていた。
「そして、国名は……ハマス共和国」
「おう」
 一同歓声があがった。
「ハマスの三人が国を支えていくという意味が込められていい。俺は賛成だ」
 珍しく、あっさりと賛成をするリスト。他の者も気持ちは同じだった。
「やっぱりよ、ハマスの三人みんな大事でさ、それに姉御もその方がいいと思うぜ」
「リンちゃんの言う通り。どうせ私一人は嫌だって、ハル言いそうだもんね」
 マユの言う通りだった。皆に支えられて頑張ることができる。その信頼が国名に表れていた。ハルの思いは確実に皆と共有できていた。それを実感したハルは、元首になって国を導いていく覚悟を決めた。
「ハマス共和国建国。そして元首ハル様の誕生だ」
「ハマスってことは、俺も入っているんだよな?」
「白鳥君……ハマでもよかったんだけどね……」
「何だよマユ! 俺なしかよ」
「俺もハマでいいと思うな」
「リストとマユはいつも俺に厳しいな……」
 苦笑いのスワンに対し、他の者は思わず笑いが噴き出た。
「さてハル様、建国宣言を行いましょう。私の幻影達を使って修羅地獄全土にその声を届けましょう」
「リスト、大丈夫なの? さっきまで幻影だってばれるような際どいことするの嫌がっていたじゃん」
「もう吹っ切れたよ。そこまでしないと駄目だって気付いてね。ハル様だって覚悟を決めているんだから……マユ君……君もだろ?」
「分かってるじゃん」
 マユはニッコリと微笑んだ。
 それから、慌ただしい毎日が始まった。外部に対して建国を宣言する前に、まずは無血同盟の同士達にその旨を説明した。大胆な方法であるため、皆困惑を隠すことができなかった。中には離脱しようとする者も現れた。
 しかし、建国宣言をして、国家として体を成した方が、むしろ身を守ることにつながること、そして無血という理念は今までと同じように貫いていくことなどを、マユを中心にして説得が行われた。また、ハルによる必死の訴えも功を奏し、ほぼ満場一致で建国をすることが決定した。
 同時にリストによる放送設備の整備も行われた。建国宣言が行われる日までに、ローマ帝国や殷だけでなく、修羅地獄全土にハルの音声が届くように、少しずつ準備が行われた。幻影ではない罪人達にその動きがばれないように、活動する時間や設備の隠し場所には最新の注意を払った。
 全ての準備が整ったのは、建国が幹部の中で決まって一週間後だった。そしてその次の日、いよいよ運命の時を迎えた。
「ハル様、準備が整いました。建国宣言を……」
 修羅地獄全土にまんべんなく配置されたスピーカーに電源が入った。
 覚悟はしていたものの、その時を迎えたら流石のハルも緊張した。不安な表情を浮かべるハル。それを見たマユとスワンは、大袈裟に微笑んで声を出さずに励ました。笠木やリンも同じように目で励ましていた。
 ハルは側にいる皆を見渡してその笑顔に答えると、何度も小さく頷いてマイクに向かった。覚悟を決めたハルは、ついさっきまでのか弱く不安な表情ではなかった。全てを背負い、全てを救おうとするあの瞳を光らせていた。ゆっくりと深呼吸をすると、静かに語り始めた。
「初めまして。私はハルといいます」
 ハルの言葉は修羅地獄全土に響き渡った。カリグラや仁木は勿論のこと、修羅地獄の動向に注目しているカロルやジャッジ、トロンやダニー達もその声に注目した。
「私は悲しいです。どうして戦わなければならないのでしょう。どうして傷つけ合わなければならないのでしょう。皆さんの目的はこの地獄から脱出することのはずです。なのにお互い傷つけ合い、苦しみを生んでいる」
 ハルらしい言葉。そして紛れもない正論。しかし、この地獄では空虚な言葉。仁木が民衆達を前に手を焼いたように、ハルの言葉さえも多くの罪人の心に響かなかった。ハルには聞こえてなかったが、この修羅地獄を取り巻くほとんどの罪人が失笑し、汚い野次を飛ばしていた。
 しかし、ハルはそうなることを想定していた。それでも一切動揺せずに言葉を続けた。
「私が皆さんを救います。一人残らず救います。敵とか味方とかもうどうだっていい。とにかく皆さんを救います。悲しみの連鎖から……そして……」
 短い言葉だった。しかしハルの言いたいことは十分すぎる程、詰まっていた。マユや笠木のように弁論術には長けていない代わりに、ハルの熾烈な想い、深い愛情が言葉に乗った。それでも、言葉では自分の想いが十分に伝わらない。そう考えたハルは、
「テンちゃん……お願い」
 とテンの召喚を促すと、歌う体勢に入った。

「ヒラヒラと舞い落ちる粉雪に
 私は息を吹きかけた

 頬を伝うほのかな煌めきは
 まるで私を慰めるよう

 私はそっと手を伸ばし
 湖の水面に浮かぶ満月を
 手に取りたくて差し入れた

 満月はゆらめくばかりで
 指の間からこぼれ落ちる

 何度やっても同じ事
 私の手には幻の月
 いつまでたっても同じ事

 あなたの笑顔も同じよう
 手を伸ばしても
 その間からこぼれ落ちる

 私のあなたの横顔を
 眺めるばかりでその頬を
 そっと撫でる事も叶わぬまま
 悲しい瞳で見つめるだけ

 そんな日々が続こうとも
 あなたに愛を捧げます

 私はあなたを想い続ける
 それしかあなたに尽くす道がありません

 何もできない悲しさに
 打ちひしがれるその日々から
 やっと抜け出した私の目に
 覚悟の炎が点るとき

 愛の意味を初めて知った

 私があなたを取り巻く空気に
 私があなたの食べ物に
 私があなたの生の象徴に

 なると誓ったその瞬間
 私の胸まで駆け上がる
 歓喜の泉が吹き上がる

 私があなたを……
 救います」

 歌いきった満足感から恍惚とした表情を浮かべるハル。余韻を楽しみながらも六芒星に乗って去ろうとしているテンを笑顔で見送った。そしてゆっくりマイクに向き直ると、表情を引き締め、アナウンスを続けた。
「私の想いは歌に乗せました。私の想いが少しでも皆さんの胸に響くことを願っています。そして、私達の夢が実現しますように。そう願って私達は……ハマス共和国を建国することにしました。この演説でもってハマス共和国の建国を宣言します。ハマス共和国元首……ハル」
 ハルの歌と共に、建国宣言が、修羅地獄全土に響き渡った。最初はハルの稚拙な正義論だと誰しも思っていた。そこに鮮烈はハルの歌、そしてハマス共和国を建国するという事実。衝撃的な内容を目の当たりにして、ほとんどの罪人が言葉を失った。
「ハルさんか……ジャッジさんがターゲットにしたのも頷けるね。笠木さんのお抱えからトップまで上り詰めた。それにあの歌……邪魔だ」
 そう呟いたのはローマ帝国皇帝、カリグラだった。しかし焦りの表情を浮かべることはなかった。それは皇帝に君臨し続けている自信からだった。これまでも大なり小なりこのような動きはあった。でもにわかな成り上がりは必ずぼろを出す。そのことカリグラはよく分かっていた。