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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 アルジャーノンは、深々とお辞儀をすると、作業着を着た使用人風の者達に指示して手際よくマシューをリアカーに乗せると、そそくさと去っていった。
 その頃、カルバリン無血同盟の洞窟アジトでは、作戦成功の祝杯があげられていた。
「まさかここまでマユの作戦がうまくいくとはな」
 しみじみと語るスワン。その言葉をマユは得意げな表情で見つめた。
「そうでしょー? もっと私を崇めなさいよ」
「マユ君、カルバリンの砦を手中に収めたのはいいが、これからどうするんだ? マシューの口を塞ぐことはできた。だから砦は用済みか?」
「いや、折角だからずっともらっちゃお。でもそのためには覚悟が必要だけどね」
「勿論、この作戦が実行された時から覚悟はできています。そうですよね?」
 皆に振り返って同意を求める笠木。その脳裏には、マユが作戦を皆に打ち明けてから今までの様子が生々しく映し出されていた。そう、マシューにアジトの場所がカルバリンだと特定され、絶望の淵に落とされたあの時。物語も同様に遡る。
 場所はカルバリン無血同盟の会議室。マユの発案により、作戦が始まろうとしていた。
「マユ君の言う通り、マシューは全館放送を行うみたいだ」
 リストは、アルジャーノンを通じてマシューの動きを中継した。それを固唾を呑んで見守る一同。マユの作戦でいけると思いつつも本当に思惑通りに動くか不安になっていた。
「じゃあ予定通り、笠木さん頼むよ。マシューっぽくね」
「あ……ああ……分かってます」
「緊張してるの? みんなの前で演説する時は、あんなに堂々としているのになんで?」
「私の言葉で作戦の成否が……」
「この男は肝心なところで気の小ささが災いする。結局は器が小さいのだよ。この男にこんな大役無理だな」
 薄笑みを浮かべながら毒を吐くリスト。それを聞いた皆は、相変わらずの毒舌に苦笑いをした。
「そんな事を言うな。君がこの役をするわけにはいかないだろ? 他に適任がいないんだからしょうがないだろ?」
 やれやれといった風に愚痴を漏らす笠木だったが、体の震えは止まっていた。
「緊張がほぐれただろ? 感謝しろよ」
「あ……」
 やっとリストの思惑が分かった笠木は、にっこりと微笑むと、目の前に設置されたマイクに顔を近づけた。
「でもよ、どうしてこのマイクからカルバリンの砦に音声が流れるんだ? リストさんの能力かい?」
 当然の疑問。他の数名も同じ疑問で頭を悩ませていた。このリンの質問を頷きながら聞く者数名、皆リストの返事を待っていた。
「今マシューのために用意した音響装置はフェイク。音声の送信効果はない。別室にいる私の幻影が送信効果のある本物のマイクを握っている。笠木が手にしているマイクはその幻影につながっていて、笠木が話したことをそのままその幻影が話すようになっているんだよ」
「でも、幻影の声だったらよ、マシューって奴のものじゃないからばれるじゃねえのか?」
「私が幻影を通じてこれまでに採取したマシューの音声サンプルを使って、マシューの口まねをさせるなんてお手の物。誰もが疑いようのない音声変換を実現させてやるよ」
「おーー!」
「だから、余計な心配なんぞしないで、早く演説しろよ」
「ああ」
 すっかり緊張が抜けた笠木は穏やかな表情を浮かべながら、マイクの電源を入れ、ゆっくりと口を開いた。
「カルバリン領の民よ、私が辺境伯、マシュー・ポプキンズである。このカルバリンという場所は山に囲まれへんぴな場所である。そんな場所に追いやられたことに怒りを覚える諸君も多いだろう。その上、皇帝陛下の命によりジョニービルを陥落させたにもかかららず、我々はその報償を一切いただいていない。我々は優秀であり、不当な扱いを受けるいわれはない。我々は、今まで皇帝陛下の圧政に脅え、いかなる仕打ちを受けようとも我慢してきた。しかし、最早搾取され続けることに甘んじることはない」
 神妙な面持ちでマイクのスイッチを切る笠木。その瞬間皆の緊張が解けた。
「やるな、笠木の兄貴! 俺には言えねえ立派な演説だ」
 親指を立てながら笠木を労う笠木。皆も同じ気持ちだった。
「流石です。私にはとても……」
「何を仰ってるんですかハル様。マシューは男性だから私がやっただけで、性別関係なかったらハル様をおいて他に適任はいませんでしたよ」
「謙遜合戦はいいから。作戦はまだ続いているよ」
「そうだね。ごめんマユちゃん……」
「いいよ。ハル、そんなに落ち込まないで。リスト、分かってるよね? 多分、マシューの演説に同調する人はいないと思う。だから、マシューの演説に反発する人をさっきの本物のマイクを持っていた幻影に抑えさせるんだよ」
「分かってる。早速暴動直前になっているな。マシューの呼びかけに応じたら間違いなくローマ帝国軍本隊に即刻潰された上に、悲惨な処刑を受けると思っているから、マシューの暴挙を止めたいんだろうな。マシューを捕らえてカリグラに引き渡すと言って説得したよ」
「暴動とかなしだからね。マシューにばれたら台無しだから」
「分かってるよ。どうせマシューを自分で捕らえたり、意見言ったりする気概なんて誰もないんだよ。面倒な役回りは全部人任せだ。腑抜けの集まりでよかったよ」
「リスト、ばれないうちにマシューをローマに誘導して」
「もうしたよ。でも勅令に関する動きよりも優先されることなのかと不審がっていたぞ? でも私の機転で回避したけどな」
「それぐらいしてくれないとリストじゃないからね。私は褒めないよ」
「ほう。手厳しいな」
 マユからたしなめられたリストは、初めての感覚に驚きつつも酔いしれた。まるでかつてカムリーナが抱いたように。
「そろそろ白鳥君の出番かな」
「スワン君大丈夫かな……頑張れ!」
 ハルの祈りが届いたのか、リストによりスワンの姿が確認された。
「スワン君が到着したようだ。作戦通り、マユ君のカードを叩きつけているぞ。戦車のカード。紂王の千手観音モードを模した幻影が現れて、私の幻影を含めて手当たり次第に抱きついていぞ。君の幻影は変態か?」
「ありがとう褒め言葉として受け取っておくね。それで、リストの幻影じゃないローマ帝国の人達はどうしてる?」
「紂王を見て一目散に逃げてるよ。想定通りか?」
「そうだね。幻影以外の人達が完全にいなくなったら分かってるね?」
「分かってる。今丁度いなくなった。幻影の服装をみんな殷の服にチェンジして……っと」
「マユ様、カルバリンは殷軍に制圧されたという設定にするんですか?」
 何故殷の服に替えなくてはならないのか、笠木にはその意図をつかめなかった。
「殷に制圧されたという設定にしていたらむやみにローマ帝国が攻め込まないでしょ? それに紂王がいるんだからね、この人だけでもかなり強いんだからね。本物だったらの話だけど」
「スワン君に、さっき笠木がした演説の音声データディスクとアルジャーノンを乗せてローマに向かわせた。それにしても大きな魚は便利なものだ。あっという間にローマに着きそうだ」
「ああ、白鳥君はそれを龍だって呼んでるけどね。寝言は寝て言えって何度も行ってるんだけどね……というかもう着いたの? 早くない?」