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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|94ページ/140ページ|

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 カリグラの背後から姿を現したのはアルジャーノン。先程までハルを捕獲するためにマシューに協力をしていた老兵だった。
「お前がそんなことを言ったのか? 馬鹿な! お前も見ていただろ? 陛下の勅令にあったハルの居場所を特定したから、アジトに向かおうとしていたじゃないか!」
 自分の右腕だと信じていたアルジャーノンから裏切られた。それも最悪の形で。いわれのない嫌疑をかけられ、混乱の極みに達したマシューだったが、言いがかりはすぐに解ける。そう思い、カリグラの反応を見ることにした。
「いいえ、違います。伯爵閣下は、皆にローマ帝国から独立する旨をお伝えになりました。なんでも殷の紂王と内通しているとかで、協力することでローマ帝国から離脱することが可能だと力説されていました」
「なるほど。今、殷の帝は仁木だ。失墜した紂王は再起を図るためにマシューさんと結託して第三国を建国か。あなたも見込まれたものだね。前帝から直々に誘われるとはね。浮かれる気持ちも分かるよ。それでローマ帝国に見切りと付ける気持ちもね。私の用意した辺境伯の地位では満足できなかったようだね」
「何を仰るんですか! 私は陛下に忠誠を誓いました。裏切るなど……」
「マシューさん、心にもないことを言わざるを得ない理由も分かるよ。あなたはアルジャーノンさんのことを心底信じていたんだろうね。だからあなたの企てを包み隠さず話した。私は全てを知っている。それもあなた自身感じているだろ? だから必死に忠誠心をアピールする。じゃないと悲惨な末路が待っているからね」
「違います! 畏れ多くも申し上げますが、どうして陛下は私の言葉より下賤なアルジャーノンなどの言葉を信じられるんですか? 私はアルジャーノンが言うようなことはしておりません」
 自分の言葉が一切聞き入れられない。マシューはかなりの違和感を感じた。アルジャーノンが言っていることが真実だったらまだしも、全くもって言いがかりだ。だから、アルジャーノンの言うことが正しいとされる証拠など全くないはずだ。なのにこの一方的な展開はあり得ない。そう思いながらも確実に忍び寄る破滅の時から逃れる術を必死で考えた。
「往生際が悪いね。マシューさん、これを聞いても言い逃れするかい?」
 そう言いながらアルジャーノンに一枚のディスクを再生するように促した。受け取ったディスクを手に機械を操作するアルジャーノン。暫くすると、音響機器から音が聞こえてきた。これはどうやらマシューの声のようだ。
「カルバリン領の民よ、私が辺境伯、マシュー・ポプキンズである。このカルバリンという場所は山に囲まれへんぴな場所である。そんな場所に追いやられたことに怒りを覚える諸君も多いだろう。その上、皇帝陛下の命によりジョニービルを陥落させたにもかかわらず、我々はその報償を一切いただいていない。我々は優秀であり、不当な扱いを受けるいわれはない。我々は、今まで皇帝陛下の圧政に脅え、いかなる仕打ちを受けようとも我慢してきた。しかし、最早搾取され続けることに甘んじることはない」
 マシューは愕然とした。確かに自分の声だが、そんなこと言った覚えはない。それどころか思ったことすらない。自分の夢を叶える場所はここだと信じ、純粋にカリグラを信奉していた。なのに目の前に流れる音声は、真逆の言葉。違う違うと小さく首を横に振り、顔面を蒼白にさせながら震えるしかなかった。
「幸い殷の紂王が帝の座を追われ、追放された。紂王もまた自らの理想を胸に建国を決意した。そしてついこないだ、私と手を組んで第三国を建国するに至った。カルバリンの民よ。我と共に楽土を手に。カルバリンの民よ立つのだ!」
 まさにアルジャーノンの言っていた内容と同じだった。さすがにこれを聞いたらカリグラも信じるだろう。マシューは、誰の策略か分からないが、もう言い逃れができないと覚悟した。
「随分な言い方だね。私はあなたの活躍を正当に評価したつもりだったが、それでも足りなかったようだね。私は圧政を敷いているのか? 搾取しているか? 答えてくれないか?」
「私はハルの居場所が分かります。私の魂を賭けて調べて分かったことです。これを陛下への忠誠心と言わずして……」
 マシューが言葉を言い終わるのを待たずして、一瞬にしてマシューの首が切断され、その頭は側の壁に勢いよく激突した。
「何故に……」
「マシューさん、あなたは私の質問に答えればいい。そんな戯れ言を聞きたいんじゃないんだよ。今更あなたの言葉を聞き入れる余地があると思うのかい?」
 カリグラは玉座に座って足を組んだままピクリともしていない。にもかかわらず、マシューは致命的な状況に追い込まれた。謁見の間にいる誰もがどうしてマシューの首が切断されたのか理解できていない。カリグラの能力の片鱗にふれると同時に、涼しい顔とは裏腹に内にたぎる怒りの炎を皆全身に浴び体を動かすことができなくなっていた。立ち尽くす側近達。マシューがこれから辿るであろう身の毛のよだつ悲惨な末路をただただ見守るしかなかった。
「わ……私はそんなこと言っておりません。す……す……全てでたらめです」
「まだそんなことを言うんだね? まあいい。アルジャーノンさん、憐れなマシューさんの首をこの台の上に乗せてくれないか?」
 カリグラは玉座の前に置いてあるテーブル状の台を指さした。
「御意」
 アルジャーノンは相変わらず無表情のままマシューの顔を拾うと、指示された台に乗せた。同時にカリグラは側近に目配せすると、それを受けた側近は、マシューに聞かせた音声ディスクとは違うディスクを取り出し、また別の機械に設置した。すると、マシューの目の前に映画のように映像が投射された。
「マシューさん、あなたが起こした行動の結果がこれだ」
 映し出された映像は、カルバリンの砦を上空から撮影したものだった。しかし、いつものカルバリンの砦とは違っていた。砦の外と中が兵隊で溢れおり、しかもその兵隊の軍服は、ローマ帝国のものではなく、殷のものだった。そして城壁の頂上に、極めて目立つ兵が一人立っていた。それは何と紂王だった。
「これを見ても嘘だというのかい? しかもこれはアルジャーノンさんが撮ったものじゃないんだよ。アルジャーノンさんの報告を受けて、このジャンさんに急いで撮ってもらったもの」
 ジャンとは、カリグラの傍らにいる側近だった。カルバリンに縁のない側近が撮ったものだからアルジャーノンの報告を裏付けるには十分だと誰しもが判断する。マシューにとって救いようのない状況に追い込まれた。
「そんな……馬鹿な……」
「アルジャーノンさん。ご苦労だったね。あなたの私に対する忠誠心しかと見届けたよ。褒美をあげたいと思うんだけど何がほしい?」
「ありがたき幸せ。畏れ多くも申し上げますが、私は百瓶の刑に大変興味あります。是非とも私に刑の執行をさせていただきたいのですが……」
「ほう。元主の刑の執行をしたいとはね……あなたもなかなか酔狂だね。しかし、これも一興かな。いいよ、分かった。マシューさんの刑の執行はあなたに任せるよ」
「ありがたき幸せ」