天上万華鏡 ~地獄編~
リストの言葉を聞いて状況を理解した一同は、慌ててその映像端末を探そうとした。しかしリストはそれを制した。
「むやみに動かない方がいい。不審な動きをすると私達がこのことに気付いたってばれるからな。あくまでも普通に会議をしているように装うんだ。情報を処理している奴は馬鹿だから、あからさまにしない限りばれない」
情報の種類が分かれば対処もしやすい。情報戦で先んじたリストはにわかに余裕を見せた。相手の情報源は映像のみ。だとしたらカルバリンだと断定できる映像がこの部屋から見つからなければ恐れる必要はない。そう考えた。
「ロンよ、無能な眼球でも書類なんかの文字を目にすればそこがどこか分かるだろ? 文字を必死に探せ!」
次々と情報を漏らすものだ。そう思いながらリストはにやりとした。
「眼球だ。この部屋に眼球がある。その眼球はこの部屋にある書類をのぞき見ようとしている。カルバリンという文字を絶対に見せるな!」
王手だ。この勝負勝った。そうリストは確信した。しかし、事態は思わぬ方向に動いていった。
「眼球? 気持ち悪いんだけど!」
そう叫んだのはマユだった。情報を収集するためのものは、映像端末という言葉を使っていた通り、てっきり機械だと思っていたマユは、思わず生々しい様子を想像して気持ち悪く感じたのである。その拍子に宙に舞う会議用資料。その中には確かに「カルバリン」という言葉が刻まれていた。
「マユ君。急いでその書類を拾い給え! もしそれを眼球がとらえたら!」
「分かってるって。いきなり眼球なんて言うものだからびっくりするじゃない」
そう言いながら書類を拾うマユ。
「おいおい……」
呆然と呟くスワン。それもそのはず。書類の先に眼球があったのである。
「カルバリン!!」
叫んだのはロンだった。それを聞いたマシューは笑いが止まらなかった。
「カルバリンに潜んでいたのか……目と鼻の先ではないか。確かにカルバリンは洞窟がありそうな山に囲まれている。手当たり次第に潰せばいつかアジトを見付けることができるな」
丁度マシューはハル達のアジトがあるカルバリンを統治していた。自分の縄張りにハル達がいることを知ったマシューはハルを捕らえるという勅令を達成できると確信した。
「ローマ帝国にこの場所を特定された!」
明らかに取り乱しながら叫ぶリストを皆黙って見つめるしかなかった。
「お前のせいで!」
ロンの眼球を思いっきり踏みしめようとしたリストだったが、
「リストさんやめてください。そんなことをしても始まりません」
ハルによって諫められた。
「しかし、こいつのせいで……それにこれ以上情報を漏らすわけにはいきません」
「こうすればこれ以上何もできないよ」
そう言いながら、マユは眼球を布で包み、手首を柱に縛った。
「確かこいつローマ帝国とか殷とかと戦っている時に邪魔したやつだよな? 俺が結界はるときに足を握って邪魔してた……スパイだったとは……」
スワンは手首を見つめながら、呆然としながら呟いた。一方マユは、
「スパイを壁に忍ばせておくとはね。敵ながらあっぱれだね」
焦るどころかローマ帝国の作戦に感心するマユにリストは唖然とした。
「何を言っているだ! 我々が滅びるかもしれないという危機だぞ!」
「リストさ、教えて欲しいんだけど、ローマ帝国の中央までここの情報伝わってるの?」
「まだだ。カルバリン辺境伯のマシュー止まりだ。でもカリグラまで情報が伝わるのも時間の問題だ」
「え? すぐそばじゃん」
「そうだ。だから今すぐにでも攻められる……」
「それはないんじゃないの? だってリスト言ってたじゃん。カルバリンの砦はここから近いからたくさんの幻影を送り込んだって。リストの幻影がここに攻め込んでくるの?」
「あ……」
確かにカルバリンには多くの幻影が潜んでいる。でもそれはスパイとして活用するためであり、戦況を動かすためではない。あくまでも自然な動きをさせておきながら、音声と映像を自分に集めて状況を把握する。それ以外の使い方をすれば必ず足がつく。そう思っていた。だからマユの言うことがもっともだとしても、幻影を動かして危機を回避することが果たして可能なのか結論を出すことができなかった。
考えがまとまらないまま苦悶の表情を浮かべているリストに、マユは休む間を与えなかった。
「カルバリンに潜んでいる幻影は何人?」
「約二百人」
「おお〜多いじゃん。純粋なローマ帝国兵は?」
「約三百人」
「そのマシューってやつがいる部屋にも幻影いる?」
「三人だ」
頭が混乱している上に矢継ぎ早な質問を投げかけられたリストは、機械的にそれに答えることしかできなかった。質問の意図なんて考えることすらできなかった。リスト以外の者も同様で、マユが一体何を考えているのか分からずにただ様子を見守ることしかできなかった。
ゆっくり目を閉じて考え込むマユ。それを固唾を呑みながら皆が見守った。暫くしてキリッしながら目を開けると、マユは意を決したように口を開いた。
「これからカルバリンの砦を手に入れるよ」
「何言ってるんだよ。ここの場所がばれてやばいってときに攻めにでてどうするんだよ」
「白鳥君にしてはまともなこと言うね。でもね、違うんだなあ、今だからこそ攻め時だって」
「私には理解できない! マユ君はもっと理知的だと思っていたがとんだ見込み違いだ!」
怒りをあらわにするリストだったが、マユはニッコリ微笑むのみで反論すらしなかった。
「でもよ、変態のねえちゃんが言うんだからよ、何か考えってもんがあるんじゃねえか?」
「流石りんちゃん。もう長い付き合いだからね、よく分かってるねー」
「マユちゃん……手に入れるって……戦争するの? 傷つけるの?」
「ハルだったそう言うと思ったよ。それも大丈夫。誰も傷つかないから。それこそ無血で勝てるの」
「私の幻影を使おうとしているんだろ? むやみに使うと私の能力が敵にばれる。それは避けられるのか?」
「リストさ、あくまでもこっそりしたいんだね……分かってるって、大丈夫」
カルバリンの砦を手に入れる。それが今の状況下どんな無謀なことだろうと誰しもが思った。だからこそマユにそれぞれが詰め寄った。
「だから、変態のねえちゃんに策があるんじゃねえか? まずはそれを聞いてみねえと何とも言えねえじゃねえか?」
「事態は刻一刻と悪化しているんだ! まずは聞いてみるとかそんな悠長なこと言っていられないんだよ」
マシューの動きを目の当たりにしているリストは、どうしても楽観的に考えることができなかった。
「でもさリスト、あんたに今を乗り切る策があるの?」
「…………」
「だったら私の策を聞くしかないよね?」
「……分かった聞こう」
皆マユの策を聞いた。聞くまでは否定的だったリストだったが、次第に納得していき、何度も頷いた。それほど精密で誰しもがその作戦の成功を予感するものだった。
「それいいんじゃね?」
スワンの間抜けな一言が皆の反応を如実に物語っていた。
「私も賛成だ。短時間でそこまで考えるとは……」
「白鳥君とリストが実行者だけど大丈夫?」
「ああ、それだったら問題ない」
「俺も大丈夫だよ」
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ