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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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「ゲリラ共のアジトになるかもしれないのにか?」
「そうです。そもそも皇帝陛下はゲリラなど興味をもたれていません」
「なるほど、雑魚に構っている程暇じゃないということか。それより殷対策に兵を割いた方が割に合うか……それも一理ある。しかし今はそのゲリラに潜んでいるハルの身柄確保のために勅令か? 一体何が起きているんだ……いや、そんなことどうでもいいことだ。とにかく今は皇帝陛下の信頼を獲得するのが先決」
 マシューはそう言いながら、ロンの生首を手に取ると無造作に元あった卓上に置いた。
「ぎゃーー!」
 乱暴に置かれたためか、ロンは苦悶の表情を浮かべながらうめき声をあげた。
「洞窟です! ここは洞窟です!」
「同じ事を繰り返すな! 私は阿呆ではない!」
 マシューはロンの髪の毛を勢いよく掴み鋭い眼光で睨むと、低い声で話し始めた。
「ロンよ……お前のいう洞窟に、絶対ハルという女がいるんだろうな?」
 ただならぬ迫力で見つめるマシュー。ここで間違えてしまったら最悪の事態を招く。ロンはそう直感した。即座にはいと言いたかったが、万が一そうでなかった場合のことが頭をよぎる。だからといって、言葉を濁してはマシューの逆鱗にふれる。
 脅えるだけで何も言葉を発する事ができない時間が数分続く。その間、マシューは微動だにせずにロンを睨んでいた。
 このまま無言を貫くわけにはいかない。そう思ったロンは、せわしくアジトにある手と眼球を急がして、マシューに対する答えのヒントになる情報を探した。アジトはトンネルのような道が網の目のように張り巡らされている。本来なら道行く人に不審がられないようにこっそり動くべきだが、マシューに追い詰められているロンはそんな悠長なことをやっている余裕がなかった。廊下を慌てて歩いては手当たり次第に目に付く扉の中に入っていった。
 急ぐあまり、何度も手の甲から眼球を落としてしまったが、その都度乗せ直して動き回った。そして数十個目にあたる扉を開いた時、安堵のあまり手首の動きを止めた。
「マシュー様……間違いなくいます。この目で発見しました……」
 眼球の前にはハルを始めとするカルバリン無血同盟の幹部達。今後のことを話し合っている最中だった。
「でかしたロン君」
 ニンマリとしながら穏やかな口調で話すマシューだったが、思わぬ所に落とし穴があった。それは、マシューの側にいる老兵、アルジャーノンの存在だった。
「やばい……洞窟にいることがばれてしまった」
 そう言葉を発したのはリストだった。アルジャーノンはリストの幻影。つまりスパイだったのだ。リストはアルジャーノンの目を通してマシューやロンの様子が分かる。しかし、ロンの体が目と手首だということを知ることはできなかった。
 同様に、ロンの情報源は眼球のみ。リスト達が何を言っているか聞くことができない。つまり、情報が限定されていているために、互いのスパイの存在を確定することができなかった。
 カルバリン無血同盟の情報が確実に漏れている。聞こえた言葉は「洞窟」のみだったが、どこまで漏れているのかリストは不安で堪らなかった。もしかしたらアジトの場所が確定されるかもしれない。そうなったら全滅は必至だ。この洞窟は、大きな山の中央に位置する空洞である。そこに笠木の五芒星小儀礼により転送されて初めて踏み入れることができる場所。外からは洞窟の様子を確認することができないため、決してばれることのないと思われていたアジトである。元々国防上の備えを十分にしていない。だから場所を特定されて攻撃されたらひとたまりもないのである。
「なに! じゃあここまで攻めて来られるということか!」
 リストと同じく、敵に場所を特定されることの深刻性を生々しく理解している笠木は、絶望のあまり呆けてしまった。
「ちょっと待ってリスト。どうしてそう思ったのか詳しく説明して」
 状況が飲み込めないマユは深刻な事態に陥ったことを直感しながらも、策を練るために情報を集めようとした。
 マユは参謀として情報を生かすのに長けている。しかし、何が元で情報が漏れているのか分からないリストは、マユの求めに応じるのをためらった。アルジャーノンのことをここで喋れば、それがマシューにばれる可能性がある。折角マシューの護衛までに登り詰めたのに棒に振ってしまうことになる。それどころか場合によっては、幻影を潜ませて情報を収集するというリストの能力そのものすらばれる可能性がある。それだけは避けなければならなかった。
「…………」
 険しい顔をしながら何か訴えようとしている目をするリスト。にもかかわらず、その口は堅く閉じていた。その様子を見たマユも同じくリストを黙って見つめると、リストの訴えを察したのか、返答を迫ることなく小さく何度も頷いた。
 他のメンバーは訳が分からずただポカンとするばかりだった。
「そんな悠長なことはしていられない。一大事なんだぞ!」
 リストに詰め寄る笠木。それを見たマユは、黙って笠木の腕を掴み、着席を促した。
「まあいいから。喋らないで」
「マユ様がそう仰るなら……」
 マユの言葉に従い一同口を閉じた。その間、リストはアルジャーノンを使った情報収集に躍起だった。
 ロンとリスト。自分の存在がばれれば身の破滅は必至。緊迫した情報戦の幕が切って落とされた。
「洞窟なのは分かった。どこの洞窟なんだ。アジトにいるなら何か手がかりでもあるだろ?」
「それが……それが……あ……あぁぁぁ!」
「いちいち叫ぶな鬱陶しい」
 ロンとマシューの言葉をアルジャーノンを通して聞くリスト。マシューが言う「アジトにいる」とはどういう意味なのか考えていた。アジトに何がいるのか。それによって情報を入手しているとしたら、ロンに関するものがこのアジトのどこかにいるはずだ。そう思ったリストは、さりげなく辺りを見渡した。
 ロンの手首と眼球はリスト達と同じ部屋にいたが、物陰に隠れているためリストの目に映ることはなかった。
 更にマシュー達の会話が続く。
「そこに誰がいるのだ」
「元……天使……はる……春江」
「春江?」
「伯爵様がお探しのハル……」
「お前の目の前にハルがいるのだな?」
「は……はい」
 それを聞いたリストはギョッとした。ロンに関する何かはこの部屋にいる。目の前にいるハルを見つめながら冷や汗を滝のように流した。再度辺りを見渡すリスト。しかしまた同じようにロンに関する何かを発見することができなかった。そもそもリストは、その情報源が眼球だと気付いていない。
「だったら会話を聞けば分かるだろ?」
「あ……き……聞こえません! 耳はここに両方とも……ぎゃぁぁぁ!」
 ロンの叫び声と共に、片方の耳たぶが床を這った。ロンの手には禍々しい装飾が施されている大剣が握られていた。
「役に立たないねえ。お前に耳たぶ二つも必要ないだろうに。何様のつもりだ」
 会話は漏れていない。映像のみだ。そう確信したリストは、ようやく口を開いた。
「この部屋にローマ帝国カルバリン辺境伯に通じる映像端末がある。どんな形なのかは分からない。会話は漏れないから遠慮なく話してくれても構わない」