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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

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「陛下は、任務を全うできなかった私に対し、結果ではなくその過程を評価された。陛下は私の今後に期待されたのだ。私は元帝なのだ。その威厳を轟かせるために私を完膚無きまで叩きのめしてもよいものを、そんな私を信じて下さるのだ」
 また茶番が始まった。民衆達は口々にため息を漏らした。しかしその反応は紂王の想定内だった。紂王は静かに笑みを浮かべると、マイクを手にしたまま城壁を降りていった。城壁の下には、溢れんばかりの民衆達。次第次第に近づいていく。
「私が帝であった頃、陛下のような慈悲に欠けていた。信じることの素晴らしさに気付いていなかった。愚かだった」
 紂王は溢れんばかりに集まっている民衆達に近づいていった。畏れ多いという思いから身を引く民衆達。しかし紂王はそんな気持ちなどお構いなしに歩いていった。
「私はその愚行を悔い、今度は私が君達を信じたい」
 そう言うと、紂王はその場で服を一枚一枚脱ぎ始めた。全裸になると、一切の羞恥心を見せず、むしろ誇らしげに歩み始めた。
「私は丸腰である。一切の武器を持っていない。私の幻影である妲己は城壁の上である。君達を攻撃するものは何一つない。私を攻撃しようと思ったらいつでもできる。私が帝の頃、私は君達を虐げてきた。私に対する恨みが積もっているだろう。だから八つ裂きにしてその恨みを晴らしたいと思っている者もいるかもしれない。しかし私は君達を信じる。君達は私に危害を加えない」
 紂王の歩みは止まらない。民衆達は紂王の言葉を聞いてもなお誰一人ふれることができなかった。武器を持たぬ弱々しい体でありながら、その瞳は生気にみなぎっていた。
「私に恨みをもつ者よ。今まさに復讐の時である。私は何もしない。私は君達を信じている」
 紂王に促されても危害を加える者は誰一人いなかった。確かに今まさに紂王を潰す好機。しかし侵してはならない神聖なものに思えてならなかったからである。
 紂王は、自分に危害を加えるどころか畏敬の眼差しで見つめる民衆たちを見渡すと、ほろほろと涙をこぼした。愚か者だと卑下していた自分を認めてくれるのは仁木だけではない。多くの民衆達もそうであった。そう実感した紂王は、歓喜に身を震わせた。
 そこで湧いたのは感謝の念。思わず民衆達に深々と礼をした。その瞬間紂王の体は光に包まれ、ハルの歌を聴いた時と同じく、美少年へと姿を変えた。
 その神々しい様に感動した民衆達は思わず紂王に跪いた。
 ゆっくりと頭を上げた紂王は、跪いている民衆達を驚きの眼で見つめながらも、自分の採るべき行動を間違えなかった。
「跪くべき相手は私ではない。君達の君主。仁木陛下である!」
 紂王は仁木に手をかざしながら言い放った。仁木に向き返る民衆達。その姿を見届けると紂王はゆっくりと仁木に跪いた。
「私は永遠に陛下の臣下にございます」
 名実共に仁木は殷の帝になったのであった。
 一方その頃ローマ帝国では、ジャッジとの司法取引を受け、ハル確保に全力を傾けようとしていた。
「ローマ帝国皇帝カリグラの名において、全ローマ帝国国民に告ぐ。笠木首領のゲリラ軍がにわかに不穏な動きを見せている。ハルと呼ばれる入獄したての罪人が笠木を煽り我々に対抗しようとしているのだ。そこでゲリラ軍の居所を特定した者、若しくは首謀者であるハルを捕獲した者には相応の恩賞を与えるものとする。逆にそれらを阻害した者には相応の苦を与えるものとする」
 この勅令は、全てのローマ帝国国民に布告された。
「ジョニービルの砦を落とした後は、この女の確保? 皇帝陛下は人使いが荒いとみえる。でも期待に添うことができれば……うっしっしっしっし……」
 下卑た笑みを浮かべたのは、カルバリン辺境伯、マシュー・ポプキンズだった。場所はカルバリンの砦の一室。ひときわ豪華な椅子に座るマシューは目の前の卓上にある生首をニヤニヤしながら眺めていた。
 その生首は、眼球がくりぬかれていた。金髪がきれいになびき、かつては品のある高貴な姿をしていただろうことは推測できたが、今となっては見るも無残である。この生首はジョニービルの砦にあったもの。それをマシューが砦を陥落させた際に戦利品として持ち帰ったものであった。
「ロン、ゲリラ共のアジトに潜入したんだよな?」
「はははは……い、はい……」
 ジョニービル壁文前に落ちていた腕と眼球はロンのものだった。それが笠木の五芒星小儀礼により、カルバリン無血同盟のアジトまで転送されてしまったのである。ハルの行方を必死に探すローマ帝国にとって絶好のチャンスだった。
 眼球を通じて、ロンにアジトの様子が映し出される。それをロンの目の前にいるマシューに伝えれば、アジトの様子が筒抜けなのである。
「ロン、アジトはどんな場所か?」
 アジトの洞窟に無造作に放置されているロンの眼球は、洞窟の様子を詳細に伝えていたが、それがどこなのか分かりづらいものだった。
「暗い……岩があって……」
 要領を得ない説明に業を煮やしたマシューは手にしているステッキで思いっきりロンの生首を殴りつけた。
「そんな返答で私が納得すると思っているのか。お前は私の拷問をくらいたいのか!」
「ぎゃーーー! 申し訳ありません! あ……ああー」
 マシューの納得する情報を提供しなくてはならない。しかし、それを十分に満たしていないことをロン本人も分かっていた。しかし、洞窟の石壁しか見えない状態では何も言うことができなかった。ひたすら謝るロン。そして、このままでは百瓶など最悪な拷問で永遠に苦しむことになりかねないという危機感から、とにかく急いで眼球を動かし、新たな情報を手に入れようと試みた。
 しかし眼球はただの球。収縮などの運動しないものである。そのため、どうあがいても動かすことができなかった。そこで二つの眼球と同じく転送された体の一部である左手を使うことにした。ロンは器用に眼球を二つとも左手の甲に乗せると、五本の指を昆虫の足のように動かして移動させることに成功した。
 左手首の上に眼球が乗る。指がうねうね動きながら動き回る。まるで異形な虫のような姿をしながらアジトを動き回った。
 やはりトンネルのような道に岩の壁しか見えない。しかし何か言葉を発しなければ立場が悪くなると思ったロンは、手当たり次第に見えるものを口にした。
「壁……石の石の石の壁……ロウソク……人……洞窟?」
 ステッキで殴り飛ばした後、そのステッキで頭を突き刺そうと構えていたマシューは、ロンの言葉を聞き、動きを止めた。
「洞窟……洞窟なのか?」
「はい! はい! 間違いありません」
 優しい口調に一転したマシューの言葉を聞いたロンは、ここでうまくアピールしていくことが生き残っていく道だと直感した。
「洞窟か……修羅地獄に洞窟があったものか……アルジャーノンどうだ?」
 アルジャーノンと呼ばれた白髪の老兵は、壁際で人形のように直立不動で立っていたが、マシューの言葉を受けて、側に寄った。
「伯爵閣下、洞窟は多くあると言われていますが、実際にそれらは発見されていません」
「何故だ?」
「洞窟を掘り起こしたり調査したりする必要性がないからです。皇帝陛下もご興味がないご様子で」