小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|87ページ/140ページ|

次のページ前のページ
 

第14章「三国時代」



 その頃、殷では、ハル達と交戦した紂王が、城に帰還していた。紂王は、大きな体を揺らしながら、城内を必死に歩いていった。仁木がいる玉座の前までやっとのことで到着した。紂王は仁木の前で跪くと、ばつの悪い表情をしながら、顔を伏せ、何も言わずに仁木の言葉を待った。
「紂王よ、表を上げろ」
「はっ」
「首尾を報告しろ」
「はっ……笠木一平に全てもっていかれました……」
 目を泳がせながらやっとのことで話す紂王。それを見つめる仁木の目は鋭く、更に紂王を萎縮させた。
「ほう。手ぶらで帰ってきたんだな?」
「その通りでございます」
 どう言い訳しようとも、任務を遂行できなかったのは紛れもない事実。紂王は一切弁解をせずに仁木による処分を待った。ローマ帝国のジョニービル辺境伯が晒し首になったように、紂王もまた、身の毛もよだつ処分が下ると覚悟した。
「汝のその潔さよし! よってこの件を不問に付す」
「え?」
 想定外の処分に紂王は大きく目を開いた。
「それに、聞くところによると、お前は目的を達するために武力だけでなく、説得工作を試みたそうだな?」
「あ……どうしてそうしたか覚えていませんが……確かに……」
 説得工作なんぞ無意味な行為だと思っている紂王は、無意識に行った行動に納得できない様子だった。
「それでよし。任務は敵の殲滅ではない。捕獲もしくは勧誘である。お前のその作戦も一つの方法として考えられるものだ。結果として失敗してしまったが、お前の行動に一つのミスもなかったと私は判断する。その上、汝はそれを全く言い訳にせずに将軍としての責任を負おうとした。私が汝を処罰する所以がどこに存在しようか? カラスもそう思わないか?」
 仁木が振り返る先にはカラスがいた。
「はい。問題はなかったかと。唯一あるとしたら、敵陣に到達したのが遅かった。もう少し早ければ勝機が見えたかもしれませんね」
「そうだな。それも私がもっと早く紂王に命令すればよかったこと。紂王が咎められることではない」
 紂王にとって任務失敗は万死に値する。どうしてそこまで自分のことをかばってくれるのか理解できなかった。
「しかし、私は任務を失敗しました。いかなる状況であっても結果が全て。言い訳はしないつもりでいます」
 紂王の言葉を聞いて、仁木の表情は笑顔から一変した。明らかな憤怒の表情に変わっていた。
「紂王! 同じ事を二度も言わせるつもりか! 私はお前が抱いている自責の念だけで十分だと言っているのだ! お前は将軍として有能だ。替えはないのだよ。そう易々と手放すことは殷のためにならない。そのことをお前はもっと自覚するべきだ」
 この言葉を聞いた紂王は目頭にいっぱいの涙を浮かべながら地面に頭をこすりつけながらひれ伏した。
「陛下! 次こそは私の名誉にかけて任務を成功させます。陛下に誓って」
 紂王は感動のあまり意識を失いそうになっていた。仁木は自分の後に帝になった人物。権威が完全に自分の手に移ったことを内外に知らしめるために、前帝には理不尽な扱いをするのが定石。しかし、そんな素振りを見せることなく、むしろ殷にとって必要だと言って失敗を不問に付そうとしている。
 この優遇措置に。そして、自分の力に価値を見出してくれる仁木の判断に感動せずにはいられなかった。仁木の想いに応えたい。本気でそう思うようになってきた。
「ところで紂王。カラスから聞いた話によると、ハル達を説得していたときの姿は今のものとかなり違うとのことだか、どういうことだ?」
「はて? 姿が変わった? そのようなことはないと思いますが」
 紂王は自分が美少年に変化したことに気付いていなかった。その様子は話を聞いている仁木やカラスにも一目瞭然だった。嘘をついている様子ではないからである。
「陛下。どうやら無自覚のようですね」
 カラスは仁木に耳打ちするように話しかけた。
「そうだな。じゃあ紂王よ。お前が説得を行ったとき、何か変わった様子はなかったか? 普段の戦闘と異なることだ」
 紂王は、首をかしげながら必死に思いだそうとしていた。
「えぇー……何か……音楽が聞こえました。戦場には似つかわしくない……」
「音楽……もしや」
 音楽といえばハル。仁木はすぐにひらめいた。
「バイオリンか?」
「ばいおりん? って何でしょうか? 何か楽器みたいなものと声が聞こえました。歌でしょうか」
 紂王はバイオリンを知らなかった。
「カラスは聞いたか?」
「はい。確かハルは歌っていましたね。それともう一人の人物がバイオリンを弾いていました」
 ハルがバイオリンではなく歌っていた。この事実は、現世の様子しか知らない仁木にとって混乱を招くものだった。でも、とにかくハルの音楽が紂王の魂を浄化させたのは確か。そう結論づけながら仁木は改めてハルの影響力の大きさを実感した。
「紂王よ。ようよい。引け」
「はっ」
 紂王が退室するのを無言で見送る二人。紂王が出入口のドアを閉め、完全に退室したのを確認するとすぐにカラスが口を開いた。
「紂王の変化は目を見張るものでした。まさに聖人。気品溢れるその姿は私も圧倒されて言葉になりませんでした。それが紂王の内に秘めた力だとすれば……」
「その通り。それが紂王の本当の力だということだ。これまで欲にまみれて覆い隠されていた力だとな」
「陛下はそれを初めから見抜かれていたんですか?」
「いや、そうではない。あの姿のままでも十分力あるではないか。大事なのは力に見合った誇りをもたせること。そのためには正当に評価せねばならぬ。誇りをもたず、欲望に操られるのは愚の骨頂。そうならぬように気を配るのが為政者のつとめなのだよ」
「確かに以前の紂王はそのような姿でした」
「だろ? 紂王だけでない。他の者に対しても、それらを徹底させねばならぬ。これより城内を視察する。カラス、案内せい」
 仁木は帝に就任してまだ三ヶ月。最初の頃は、雑務に追われ、じっくり城の施設や民衆などに気を配る余裕がなかった。丁度、紂王の帰還報告を切っ掛けにして、殷の城の様子やシステムのあり方などを整備していくことにした。
 カラスがまず案内したのは城の丁度中心であり、一番高い場所に位置する部屋だった。この部屋の中央には、ローマ帝国にあるような大きなミキサーが設置されていた。
「カラス、これは何だ」
「赤霧噴霧装置といって、最も重い罰を与える罪人をこの容器で粉砕して、先の管から霧として噴射されます。霧状になりますので、それが空気と混じって漂い、広範囲に拡散します。つまり……」
「再生できないという仕組みか」
「その通りでございます」
 ローマ帝国にあったものとほぼ同じ装置が殷にもあった。しかしその事実は仁木はおろか、カラスでさえ知らないことだった。
「こんな装置必要ない。廃棄しろ」
 間髪入れずに言い放つ仁木。その言葉を信じられないといった表情でカラスが聞いていた。
「畏れ入りますが陛下。この装置は赤霧という処罰を行う大切もの。廃棄したら替えがありません」
「カラスよ、じゃあ聞くが、この殷という国はその赤霧という惨い処罰を行わないと収拾がつかないほど制御できないものなのか?」
「それは……」