天上万華鏡 ~地獄編~
「さっき私が、ジブリール様を邪魔しようとしている者は誰だろうと聞いたら、ジャッジかもしれないと言ったよな? このメモリーが本人の意図とは別のところで抜き取られていたとしたら、それも考えにくい……ジャッジの記憶を抜いた本人が黒幕となるよな?」
「ジャッジ様も被害者……陰謀に巻き込まれた」
トロンは事態が次第に大きくなっていくことを生々しく実感した。自分がやっていることは結果的に巨悪を暴くこと。当然そうなると相応の圧力がかかる。場合によっては本気で潰される。次第に体が震えてきた。それは恐怖によるものではない。自らの正義を追究できることへの興奮からだった。
「黒幕候補を絞ってみよう」
そう言いながらダニーは振り返った。
「まずは、ジブリール様がしようとしていることを快く思わないのは誰かということだ」
「それについては、法務省だと聞いています。地獄は法務省の管轄ですからね、地獄を救おうなどという考えは、地獄運営を根本から否定するものだと。いわば泥を塗られたことになるということで」
ジブリールのことは自分に任せろと言わんばかりにカムリーナが話に割って入ってきた。
「法務省だと? 法務省は刑事裁判局、民事裁判局、矯正局に分かれているが、全ての局に言えることなのか?」
「特に地獄を所轄する矯正局内での批判が大きいらしいですが、まあ他の局もよくは思わないでしょう」
「ちょっと待て。そんな動きがあるなら、俺も知っているはずだぞ。なあカミーユ。それにダニー様もご存じなかったでしょ?」
ダニーとトロンは刑事裁判局、カミーユは矯正局、いずれも法務省だった。
「確かに。私も初耳だな」
「現世救済局では有名な話なんだけどな。法務省では伏せられているのかな?」
不思議そうに話すカムリーナ。このギャップにダニーは引っかかった。
「つまり、法務省の中でジブリール様の動きを知っている数名の天使が、話を大きくせずに解決しようとした。つまり、秘密裏にジブリール様の計画を潰してなかったことにしようとしたんじゃないのか? ジブリール様の計画が明るみに出れば、それに同調しようとする天使が現れるかもしれないからな。貴様等のように」
「あ……」
「まさか、現世救済局と法務省の天使がつながるなんて想定しなかったんだろうな。今の我々のような動きをな」
「なるほど……」
トロンとカムリーナはダニーの推理に感服した。そして、次第に解けていく謎に表情を輝かせた。しかし、カミーユだけは青ざめた表情のまま言葉を発せずにいた。それは、黒幕の正体が次第に絞られ、カロルまで辿りつくかもしれないという恐れからだった。
「それで、更に絞っていくと、黒幕は、ジブリール様の姿を知っているからハルを邪魔しようとしているはずだ。現世救済局の天使は肖像画から知っているとして、他の省の天使が知っているなど考えられるか?」
「それは考えられます。ジブリール様は現世救済局の局長をされていました。局長級会議では他の省の局長級が集まりますし、ジブリール様が地獄を救おうと決意された地獄総覧も局長級が集まっています。そこで顔を合わせていますよ」
「かなり絞られたな。法務省の局長級。数人しかいないではないか」
いよいよカロルまで近づいた。カミーユの緊張は最高に高まっていた。
「ところでカミーユ。君は誰だと思うか? 黒幕は」
ふいに問われたカミーユ。鋭い目つきで睨むダニーにカミーユは震え上がった。
「あ……え? カロル様ではないと思いますよ」
皆一斉にカミーユを見つめた。
「いや……違います……違いますって」
「カミーユ? 語るに落ちたな。私が貴様の不審な表情を見逃すとでも思ったか? 私は検察官だぞ。尋問のプロを騙せるはずもなかろうが」
「どういうことですか?」
トロンはカミーユとダニーを交互に見ながら何がなんだか分からないといった表情をしていた。
「スパイだろ?」
「君は仲間のふりをしてずっと情報を流していたのか?」
興奮して話すカムリーナに目を背けながら無言で立ち尽くすカミーユだったが、それをダニーが許すはずもなく、更なる尋問が彼を待ち受けていた。
「カミーユ。知っていることを全て話せ。そうすれば許してやる」
「……しかし……」
渋るカミーユ。それを見たダニーは、自分の背後に煙の獅子を出現させ、いつでも攻撃できる態勢を整えた。
「言ったろ? 私は尋問のプロだって。抗えばどんな恐怖が待っているのか想像できるよな」
「ひーーー!!」
次の瞬間、カミーユは観念して全てを話した。カロルから呼ばれて、今に至るまでの一部始終を。
「申し訳ありません!!」
土下座をして謝るカミーユ。それに対して怒りに震えながら見つめるカムリーナとトロン。対して、ダニーはむしろ笑みを浮かべながら語りかけた。
「その気持ちが本当なら、力を貸してくれるよな?」
え? と言わんばかりの表情を浮かべながら顔を上げるカミーユ。
「どういうことですか?」
「カロルには私達のスパイをしていると見せかけて、貴様はカロルのスパイをしろ。つまり、二重スパイ」
「ダニー様。お言葉ですが、カミーユはもう信用できないんじゃないですか?」
吐き捨てるように言い放つトロンを前に、カミーユは体を小さくした。
「いや、これまでの動きからして、カロルは自分の計画に絶大な自信をもっている。だから想定外の事態は起こらないと思い込んでいる。ここで二重スパイされることは想定されていないだろうから、効果的なんだよ」
「はぁ……そういうものですか……」
「我々の仲間になる証として、情報を流してもらおうか。今ハル達は修羅地獄にいる。次の地獄はどんなものが考えられるか?」
「……修羅地獄で地獄は終わりです。次は、煉獄に行くための最終試験。罪の清算になります」
「罪の清算?」
「ハルの罪は何ですか?」
ダニーとトロンはそれぞれのエンジェルビジョンを使いながら、ハルの罪を検索した。
「自殺と神仙鏡の盗難」
先にダニーが見付け呟いた。
「だったら、神仙鏡の奪還です」
それを聞いたトロンは再度エンジェルビジョンで検索し始めた。
「神仙鏡はただ今堕天使三田の手に落ちています。ということは三田から神仙鏡を奪うということなのか? そんな困難なミッション……」
「現世を活動拠点にしている現世救済局の天使でさえ三田の亜空間にはたどり着けないんですよ? それは無理です」
トロンとカムリーナはその最終試験の困難さを口々に語ったが、ダニーの関心はそこにはなかった。
「となると、カロルは三田と接触するな」
「それはあり得ません。だって重罪人の三田と次長のカロル様が……」
思わず叫んだカミーユだったが、トロンやカムリーナの同じ気持ちだった。
「カロルには、そこまでやる必要があるということだよ」
丁度その時、ダニーの予想通り、カロルは三田の屋敷にいた。
ここは現世の中にある亜空間「マルクト」の中央に位置する屋敷である。それは、西洋の城のようであるが、清潔感はまるでなく陰湿な空気が漂っていた。しかし、内装や調度品は一流であり、屋敷に入ってすぐの場所に大きく飾られている三田だと思われる肖像画はこの空間における三田の権威を象徴するものであった。
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ