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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|81ページ/140ページ|

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「ご名答。私からの要求は天使の中でも機密事項に属するものだ。もし私の要求を断るようだったら、汝の記憶を一部消させてもらうことになるが」
 プライドの塊である天使が罪人の手を借りるほどの内容だ。余程のことだろうとカリグラは察していた。しかし、場合によっては記憶を操作しなくてはならない程の内容とは一体どんなものだろうかと思わずにはいられなかった。しかしそれでも自らの野望を達成するためだ。少なくとも話を全部聞かなくてはならないという結論に至った。
「……いいだろう」
 カリグラの言葉を聞いたジャッジは、ニヤリとすると、ハルの情報が書かれた数枚の書類を渡した。
「これは最近入獄したハルだな?」
「ほう。汝も知っていたか。その通りハルだ」
「ハル、マユ、スワン・ソングをリーダーとする百数名の罪人が一気にバベルの塔を通過した。そこまで大量に来たのは異例だからね。念入りに調べたよ。みんな笠木に持っていかれたが……」
 不機嫌な顔を浮かべたカリグラを見ながら、ジャッジは見下すような冷たい笑みを浮かべた。
「百数名の新入りを取り逃すほど汝の軍隊は生ぬるいと見えるな。そんなことで私の要求を叶えることができるのか不安になる」
「私とて、そんな失態を見過ごす程甘くない。厳罰に処したよ。そんな話はどうでもいい。早く話を続けなさい」
 罪人は全て汚いものに見える。ジャッジの潔癖すぎる性格はカリグラを明らかに見下す態度として表れた。
「ああ、そうだな。このハルを完膚無きまで叩き潰し、再起不能にしてほしい。当然、その一味も同じ運命を辿るように」
 カリグラは拍子抜けした。そんな簡単なことでいいのかと思わずにはいられなかったのである。
「ジャッジさん? 元天使のスワン・ソングではないのか? ハルでいいのか?」
「スワン・ソングなんぞどうでもいい。勿論一味であることが鑑みれば、スワン・ソングにも相応の痛みを負ってもらうことにはなるだろうがな」
「それは、あなたが言う次長の意志でもあるのかい?」
「そこは汝が詮索することではない」
 ジャッジの言葉が、カリグラの予想を裏付けるものになることは言うまでもない。カリグラは、何の変哲もない一人の女に、天使上層部までも動かすほどの秘密が隠されている。そう結論づけたが、それをジャッジに問い詰めたところで何も言わないのは明白だった。かなり興味そそられる謎だったが、大事なのはそれを追究することではない。ジャッジの要求を呑むかどうかである。そう考えが至ったカリグラは頭を切り換えて、ジャッジに問いかけた。
「再起不能ということは、例えば百瓶や赤霧でいいのか?」
 ジャッジは聞き慣れない言葉に眉をひそめた。
「何だそれは」
「ふっ。天使だったら罪人がどんなことをしているのか把握するべきだな。ハルという女の尻を追いかけることの方が大事だとみえる。来なさい。無知なあなたに教えてやろう」
 不敵な笑みを浮かべるカリグラに比べ、穢れた罪人に小馬鹿にされたという屈辱に覆われたジャッジは、無言のまま怒りに震えた。そしてそんなジャッジを見てまたカリグラは微笑んだ。
「どうしたんだい? ジャッジさん。呆けてないで早く来いよ」
 退室を促すカリグラの後をジャッジは憤怒の形相で歩いていった。
「まずはここに入ってくれないか」
 カリグラが通したのは、「薬品庫」と書かれている部屋だった。中には、セラミック製の薬品庫が所狭しと置かれていた。そしてその薬品庫は皆厳重に施錠されており、簡単には中身が取り出せないような仕組みになっていた。
 カリグラは、数多くある薬品庫の中から、一つを選び、鍵を使って扉を開くと、その中にある数え切れない程の小瓶をジャッジに見せた。
「ジャッジさん。これは何だと思う?」
 赤い液体の中にプカプカ浮かぶ固形物。初めて見る物体だが、容易にそれが何なのか想像できた。
「罪人の肉片か?」
「その通り。水に浸すことで、常に流血することになる。そして瓶詰めしているが故に永久に再生されない。これが百瓶だ」
「なるほど。それはいい考えだ」
「ほう。天使がこれほど残忍な手法を目の前にして眉一つ動かさないとはね」
「修羅地獄は、罪人同士が傷つけ合うことで苦しみを味わわせることを目的にしている。むしろありがたいぐらいだ」
「これは罪人ではないんだよ。元天使だ。それでもありがたいか? ついこないだ拷問してこの有様だ」
 ジャッジはそれでも全く関心がないとばかりに表情を変えなかった。
「この地獄で勤務する天使にとって罪人の手に落ちることは重罪と同義。よってそんな輩がどうなろうと私の知ったことではない」
「ほう。憐れな天使の末路を見せて苦悶するあなたを見たかったが、失敗に終わったな。もっともそれ程冷たくなければ登り詰めることができないのか? 薄っぺらい理念に縛られる馬鹿はどの世界でも三流止まりっていうからね」
「その点に於いては汝と意見を同じにするところだ」
 ジャッジの言葉を聞いて、無言で小さく頷くカリグラだったが、すぐに百瓶の薬品庫を施錠すると、次なる場所を案内するために部屋を出た。
 次にジャッジを案内したのは、体育館のような広い場所だったが、いくつもの小部屋に仕切られていた。そしてその小部屋の壁にはおびだたしい数の罪人が太い釘で体中を打ち付けられ、その傷みからか悲痛な叫び声があちらこちらから響いてきた。
「ここは?」
「武器の製造工場だよ。ここで大変な目にあっているのはね、何もできない無能な国民だよ。特殊能力があるわけでもなく、だからといって勇敢に戦えるわけでもない。そして頭がよいわけでもない。使い物にならない馬鹿を養うほど余裕はないんでね、こうやって追い詰めて特殊能力を無理矢理開花させているんだよ。追い詰めたらたまには役に立つこともあるからね」
 そう言いながら、ある罪人の側まで寄っていくと、足下に落ちた拳銃を手にしてジャッジの方を向いた。
「ジャッジさん。この者は特殊能力で拳銃を製造できるようになった。だから、不眠不休で拳銃を作り続けさせるんだ。この楔を外したらきっとその安心感から作らなくなるだろうからね、常に追い込むわけさ。そうやって武器や防具を作る特殊能力を開花させればここで働いてもらうとして、それが叶わなかった可哀想な者は……」
「どうなるんだ?」
「それを見せようと思ってね。こいつだよこいつ、一ヶ月経っても何もできないクズは……」
 カリグラは、体中に釘で打ち付けられているだけでなく、上半身と下半身が切断されている男の前に立ち、残念そうに呟いた。
「こいつを取り外し、赤霧に処せ」
 側にいる作業人らしき罪人に声をかけると、手際よく釘が取り除かれ、壁から取り外された。その罪人はカリグラの「赤霧」という言葉に反応し、半狂乱になって抵抗するが、作業人により結界がはられ、身動きがとれなくなっていた。リアカーで運ばれる罪人。その後をカリグラとジャッジは歩いて行った。
 運ばれた先は中央に大きなミキサーのような機械が設置されている部屋だった。そのミキサーのような機械に罪人が放り込まれた。
「ジャッジさん。これは赤霧にする者を粉砕する装置でね。よくできてるんだよな」
「ほう」