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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|78ページ/140ページ|

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「ないんだよ……ハルのメモリーディスクが……見ろ。ここにディスク一枚分のスペースがあるだろ? ここにないといけないハルのディスクが……ないんだ」
「そんなはずはない。地獄に墜ちて削られる記憶は漏れなくここに保存されるんだろ? メモリーディスクをここに保管し忘れても、持ち出しても法令違反。現世救済局の私でさえ知っていることだぞ」
「ないものはないんだよ。エンジェルビジョンで確認しても、ハルの罪人番号とこの棚の番号は一致している。ここにあるはずのものが……おかしい」
「ということは、誰かが持ち出したとしか考えられないということか?」
「あ……ああ、それしか考えられない」
 カミーユは、すぐにカロルの顔が浮かんだ。
――――カロル様はそこまでしてなし得ないといけない何かがある……それがハルを妨害するためだとしたら、ハルは一体何者なのだ……次長が罪を犯してまでやることとは……
 カミーユは二人の会話を無視しながら、直前までのカロルとの会話が何度もリフレインしていた。
「そんなことをする天使がいるか? 何のメリットもないのに……」
「見られたらやばいことが入っていたとか……ジブリール様の手がかりだったらそう考える輩がいても不思議ではない」
「ジブリール?」
 カロルから聞いた印象的な言葉だっただけに、カムリーナは大きな反応をしてしまった。
「カミーユ? お前知っているのか? ジブリール様を」
「いや……なんか個性的な言葉だからついね……」
 スパイになってしまった以上、カロルから発せられた言葉に反応するわけにはいかないカミーユは、どうにかお茶を濁してその場をやりすごした。
「トロン君、やはりジブリール様の意志が完遂したら困る連中がいるということだな。そうじゃないとメモリーディスクの紛失なんてあるわけないもんな」
「そうだな……覚悟はしていたが、とんだところで躓いたか……」
――――コツン……コツン……コツン
 うなだれている三人に近づく足音。暗闇に動く人影。自分達の動きをよしとしない勢力の者なのか。もしそうだったら、明らかに身の破滅を意味する。トロンを始めたとした三人は、まだ正体の分からぬ影を前に身を固くした。
「ダニー様!」
 驚きの声をあげたトロン。そして怯えたように体を震わせた。そう。現れたのは三等検察官、ダニー・クルトンだったのだ。ダニーは地獄に来たばかりの罪人に、天使への絶対服従を叩き込むいわば鬼の検察官。天使の中でもかなりの武闘派としてその名を轟かせていた。その彼がここにいるということは、自分達に武力による制裁が加えられるのではと思ったのである。
「君は確か……四等検察事務官、トロン・バッキンだったな?」
 穏やかな口調に、鋭い目つき。罪人に対して向けられる威圧感と同じものを三人に与えるダニー。対して三人は、滝のような汗を浮かべながらダニーの言葉を聞くしかなかった。
「……はい」
「待っていたぞ。貴様等を」
 ダニーが何を意図しているのか分からないが、とにかく自分達は潰されるんだと思わずにいられなかった。
「……どうしてですか?」
 やっとのことで、言葉を出すトロン。他の二人は口を開くことすらできなかった。
「貴様等は、罪人であるハルの特異性に気付いているのであろう? 私も同じなのだよ。私は、ハルが一体何者か。そして、ハルを闇に葬ろうとしている陰謀とは何か調べているのだ」
「ダニー様も気付いてたんですか!」
 敵でなく、むしろ味方かもしれない。思わぬ展開に驚きの声をあげたカムリーナであった。
「勿論。ハルのメモリーディスクがここにないことだけで容易に至る帰結であろう?」
 ダニーは、ハルのメモリーディスクが収められてはずだった空白のスペースを指さしながら呟いた。
「ハルがジブリール様だということも?」
 カムリーナの関心はそこにしかない。ダニーの結論がそこにまで至っているのか確認せずにはいられなかった。しかし、トロンにはそれは軽率な言動に映った。
「カムリーナ君!」
 怪訝な表情をしながら目配せするトロン。しかし、カムリーナにはその意味が全く分かっていない。
「トロン君、何だい? ダニー様は我々の仲間じゃないか」
 ダニー本人を前にして、本音を言えないトロンは、カムリーナの軽率な言動に苛立ちを募らせた。ダニーは敵か味方か。また、今の段階でそれを判断して良いのかどうか、そんな判断でもめている最中、カミーユは全く違うことを考えていた。
――――カロル様が敵意むき出しにしているジブリール。それがハルかもしれないとは……トロンはハルを支援しようとしている。カロル様はジブリールを潰そうとしている。もしハルが本当にジブリールとしたら……カロル様とトロンの利害が完全に対立する……つまり、カロル様のスパイをするということは、トロンを潰すことと同義……なんとも……
 カロルが望んでいることを具体的に理解したカミーユは、その残酷な運命に頭を抱えた。
「ほう? ジブリール? 詳しく説明してもらおうか」
 ダニーはジブリールのことを知らなかった。ダニーがトロン達の敵だったら、ある意味手の内を明かすことになる。それだけは避けなければならない。しかし、ダニーがジブリールに興味を向けた以上、逃れることができなかった。
「……カムリーナ君……ダニー様に」
「あ……はい。ジブリール様のことは私にお任せください。ダニー様も罪人ハルのことはご存じのようですが、彼女が伝説のガブリエルである、ハル・エリック・ジブリール様である可能性が高くなりました」
「伝説のガブリエル?」
「はい。ジブリール様は、当時の事務次官であるイエス・キリスト様による救済補助をするなど、歴史に残る功績を残されている方です。しかし、局長級会議における地獄総覧の際に、当時の地獄の様相をご覧になり、あまりにも荒んだ様子をひどく嘆かれました」
「上の奴らは実態もよく分からずに非難だけする。それで迷惑被るのは我々だということも分からずにな。全く困ったものだ」
「確かにそうですが、ジブリール様はそれだけで終わらなかったんです」
「というと?」
「自ら罪を犯すという人生を選択した上で生まれかわったんです」
「そんなことが……」
「はい。だから伝説なんです」
「しかし、局長級の天使が転生などできるはずもない」
「はい。だから、天使を退職されています」
「退職してまでやることか?」
「だから伝説なんですよ」
 かつてトロルが抱いた疑問、投げかけた質問をダニーも口にした。誰しも疑問に思うところなのだろう。そして、言葉は出さずとも、同じ衝撃をカミーユも受けていた。
「なるほど……その話が本当なら、ジブリール様の動きをよく思わない輩はたくさんいるわけだな」
「その通りです」
「カムリーナ。説明ご苦労だった。ところでトロン。貴様は私が敵かなんかと勘違いしていないか?」
 図星をつかれて、しどろもどろになるトロンだった。
「いえ……そんなことは……」
「私は、そのハルに戦闘を仕掛けて完敗した」
「え! ダニー様が?」
 トロンは、驚きのあまり、素っ頓狂な声をあげてしまった。