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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|77ページ/140ページ|

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 カミーユは、まだ決断できていなかった。自らの正義を追及すればトロンと共にするのが一番いい。しかし、カロルという大物を敵に回すことになる。そこまで覚悟する程のことなのか、どうしても二つを天秤にかけてどちらか最適か判断することができなかった。
 しかし、カロルはその迷いを明らかに見抜いていた。
「君は迷っているようだが、私の誘いにほんの些細であっても疑問をもつならば、やめた方がいい。私は無理に誘っているわけではないからな。君のことを思って善意で言っているに過ぎない。その善意に応えないなら、相応の報いを受けるだけ。私にとってそれは痛くもかゆくもないことだ」
「いえ! それは分かっています」
「ならばもう一度聞く。どうするのだ?」
「今じゃないと駄目ですか?」
「君は私の言葉を微塵も理解できていないみたいだな。いいか? 私は君の力を買って善意で昇進の話をもちかけているに過ぎない。それに疑問をもつような愚か者を待つ程、私はお人よしではないのだよ。それにな、私の考えを君に打ち明けた以上、私の計画の邪魔になるポストからは当然離れてもらうことになる。これも当然の話だよな? 少しでも考える脳味噌があれば、誰しもそこに帰結する私は思うが、君はどう思う?」
 最早、逃げ道はない。カミーユはそう確信した。今すぐにカロルの話に応じること以外、全てカロルに対して反逆することと同じになる。その末路は考えるだけでもおぞましいものになるだろう。もうカミーユは迷いようがなかった。
「カロル様。よろしくお願いします」
 体を震わせながら頭を下げるカミーユ。それを見つめるカロルは満足げに笑みを浮かべ、小さく何度も頷いた。
「そう言っていってくれると思っていた。それでは早急に君の昇進について手はずを整えておこう」
「……ありがとうございます」
「それでだ、君は今まで通り、トロン達と行動を共にしろ。そして知り得た情報を私に報告するんだ。つまり君は……」
「スパイ……ということですよね?」
「そう。察しがいいな」
 予想はしていたが、それが現実になると、カミーユは落胆せずにはいられなかった。今この瞬間、トロンを裏切ることになるのだ。もう引き返せないところまで来てしまった。そう後悔しながらも、どうすることもできなかった。
「カミーユ君。一度行動に移してしまったら割り切れるものだ。友達を裏切るのは辛いことかもしれない。でもな、そんな不条理が溢れるのがこの世界なのだよ。そういうものを受け入れられる度量があってこそ立派な天使になるんだよ。目先の正義に囚われていると大局を見失う。私はそんな小物で終わって欲しくないのだよ」
「はあ……」
「もうよい。下がり給え。私の言葉の意味をじっくりと考えるがいい。天使としてどんな行動が相応しいのか。そしてどのように判断するのが賢いのか」
「はい……失礼します」
 カロルの言葉。そしてトロンが言う、地獄の罪人を力によって威圧するのではなく、ハルのように救済していく道を選ぶこと。カミーユの脳裏には、この相反する考えが交互によぎった。これまでの慣習で考えれば、カロルのような上官に服従して、主体的な判断をしないでおくことが最善である。しかし、それ故にこれまで怠惰な生活を送り、天使としてのやりがいを全く見失っていた。
 トロンの言うことは、一見、上官に反旗を翻す無謀な行為に見えて、自分の脳味噌で考え、理想の正義を追い求める力があった。カミーユはトロンに対して「面倒なことに巻き込むな」と口では言いながらも、内心胸躍っていた。
 しかし、カミーユはそのトロンを裏切る道を選んでしまったのだ。
――――世の中そううまくいくものではない。夢を見付けた途端閉ざされる。
 そう心で呟き、うなだれながら、刑事裁判局の廊下を歩いていた。意識を失いそうになりながらも、カミーユは目的地に向かって最短距離で歩いていた。向かう先は、同じ局舎内にあるメモリーデータ倉庫だった。かつて三等検察官、ダニー・クルトンがハルのメモリーディスクを探しに訪れ、紛失していることに気付いた場所だった。そこで、カミーユは、トロン、カムリーナと待ち合わせをしていた。目的は当然ハルのメモリーディスクの中身を見ること。ジブリールの手がかりになるものが見つかるかもしれないという思いからだった。
「君がカミーユ君か。私は現世救済局の四等報道官、カムリーナ・ブックマンだ。君達の応援するハルがジブリール様と関係あるかもしれないって知ってね、こうやって仲間に加わったわけだ」
 カミーユがメモリーディスク倉庫に入った途端、カムリーナの饒舌な言葉が飛び込んできた。しかし、カミーユの耳にはそれらの言葉が全く届かなかった。別の部分に意識が向いたからである。
「カムリーナ君。前も疑問に思ったんだが、現世救世局には制服がないのか? どうして私服なんだよ」
 トロンは怪訝な顔をしながらカムリーナに問いかけた。
「言っただろ? 現世文化省は現世の文化を司る省庁。ファッションも文化の一部ということでな、人間のトレンドをいち早くリードすることも職員として義務づけられているんだよ」
「それにしても……君のファッションは……私には理解できないが……」
 カムリーナは、デニムのパンツに、白い生地のタンクトップを身につけていた。そしてそのタンクトップには毛筆体で大きく「失職」という文字が刻印されていた。
「熟語をプリントするのがトレンドなんだよ。それに白地の方が目立つだろ?」
「でもなぁ……言葉がなぁ……」
 顔を引きつらせながらカムリーナを見つめるトロンだったが、それ以上に引きつっていたのはカミーユだった。
「俺は辞めないぞ! 何が何でも辞めないぞ! ふざけるな!」
「ん? カミーユどうしたんだ? 確かに俺もふざけたファッションだとは思うが、そこまで怒ることないじゃないか」
「卓越した芸術というものは凡人には理解されないものさ。そんなことよりも、私も暇じゃないんだ。君達もだろ? さっさとやってしまおうぜ」
 失職と書かれたタンクトップを誇らしげに晒しながらカムリーナは颯爽と倉庫の中を歩いていった。
「カムリーナ君。やる気があるのはいいが、ここは初めてだろ? 私がハルのメモリーディスクを探すから、後についてこいよ」
「あ……そうだな。悪い悪い、つい張り切っちゃって」
 申し訳なさそうな仕草をする割りには満面の笑みで二人を見つめたカムリーナ。あまりにも高いテンションにカミーユはついていけなかった。
「トロン。カムリーナ君ってあんな面倒臭い奴だったのか? 話と違うな」
「俺もびっくりしているんだよ。あのファンションにも度肝を抜いたよ」
 トロンはどうしてもカムリーナのファンションに納得いかないようだった。
「私のファッションがどうしたって?」
「いやいやこっちの話だ。なぁカミーユ」
「ああ……」
 そんな会話をしながら、トロンは倉庫の一角に狙いを定め、そこにある棚を隅から順番に目を通した。
「は? そんな馬鹿な……」
「どうしたんだトロン君」
 トロンが見ている先をのぞき込みながらカムリーナが呟いた。