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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|68ページ/140ページ|

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 といいながら一枚のカードが地面に落ちていた。それは、千手観音の紂王に美少年の妲己が抱っこされている絵柄だった。本来妲己は女性である。マユの脳内で性別変換されていた。そして千手観音の手にしているのはバズーカー砲ではなく、小さな男性達。人形のような男がもたれていた。
「妄想する前にカードになっちゃった。まあいいや「戦車」ゲット」
「おいマユ! この化け物どうにかしてくれ。やばいぞ」
「どうすればいいのかなぁ……」
 考えあぐねているところに、術がまだ終わっていない笠木が口を挟んだ。
「ゴーレムは邪な感情をエネルギーにしていると聞きます。だから浄化の力のあるハル様のバイオリンで相殺されるかと」
「バイオリン?」
 思わず聞き返すハル。
「地獄に墜ちる前私達にバイオリンを弾いてくださったじゃないですか。もしかしてお忘れになっているんですか?」
 笠木は、奇跡の象徴とも言えるバイオリンを忘れることは、ハルにとって致命的なことだと思わずにはいられなかった。
「バイオリンは弾けませんが、歌うことはできます」
 そう言いながら、ハルはテンを召喚した。そして、ハルはテンに目配せすると、早速テンは前奏を演奏し始めた。
 笠木は、ハルではなくテンがバイオリンを演奏することやハルが歌うということに驚きを隠せなかったが、バイオリンを弾けなくなった代わりになるものだと直感できた。そのためそれが安心感につながら、歌の効果を確かめるまでもなく、笠木は術の続きの作業に取りかかった。
 結界はスワンによるものだけ。それを壊そうと紂王による怒濤のバズーカー砲による攻撃と、ローマ帝国軍のゴーレムによる攻撃、スワンの足下はロンの左腕によって結界維持の動きの邪魔をする。そんな危機的状態が続いていた。
「ピータン。幻影のハルと、本物のハルを入れ替えて! 幻影はそのまま落としていいから!」
「うい」
 ピーターは、頭上に滞空させていたハルをマユの指示通りそのまま落とし、その代わりに本物のハルを風によって浮遊させた。そして同様に二〇メートル程の上空で滞空させた。
「ちょっと誰でもいいから、足を掴んでいる手首を外してくれ!」
 スワンはさすがに足を掴むロンの左手が邪魔で仕方なかった。スワンの訴えを聞いた罪人は、ロンの左手を蹴り上げ、スワンの足から外した。
「おお、助かった。それにしても何だよあいつ。折角助けてやったのに邪魔しやがって」
「錦鯉のにぃちゃんが乱暴に外したからじゃねぇか?」
「だからって何も邪魔しなくてもさぁ……つかあの土の化け物何なんだよ……あの仏像もおかしいよ……これを俺一人で? あり得ないんですけど」
「だからハルと白鳥君のコンボで結界はろうとしたんだよ。私の読みは当たっていたでしょ? でも、もうハルの結界はないけどね。白鳥君頼むね。それと、白鳥君の体にふれているあんた達は、ちゃんと力を白鳥君に送るんだよ」
「そんなこと分かってら! 今必死にやってるんだからよ!」
「よし。心強いね! ハルはまだ歌い始めないの? まだテンちゃんの前奏か」
 ハルは、空高く舞い上がっているため、結界から外れていた。それを見逃さなかった紂王は、照準をハルに定め、集中砲火させた。
「私に刃向かう輩は容赦せぬ! まずはあの女。地獄の業火に焼かれるがいい!」
 数百の砲弾がハルを襲う。しかし歌うことに集中しているハルは、一切動揺することなく自分の歌うタイミングを見計らっていた。テンも同様に、いつもと変わらぬ様子で演奏を続けていた。
「ハル!」
 砲弾が直撃する直前、マユはハルの身を案じ、名前を叫びながらその場で立ち尽くした。流石にハルでさえもしのぎきれないと思ってしまうほどの砲弾だったからである。しかしその心配をよそに、数百の砲弾はハルの体に直撃する直前で見えない球形の壁みたいなものにぶつかり、直撃を免れた。
「歌を歌っている間は自動で結界がはられるわけ? ハルって何者?」
 マユが驚くのも無理はない。この事実はハルすらも知らないことだったからだ。迫り来る砲撃に恐れをなさなかったのも、たまたまそれに意識が向かなかっただけ。予め結界がはられることを知ってのことではなかったのである。それ故、砲撃を免れたことにびっくりしたのは、ハル本人だった。
 驚きの表情でテンを見つめるハル。テンは何もかも分かっているかのようにハルを見つめニッコリした。その表情を見て、結界をはってくれたのはテンだと確信した。
「ありがとうテンちゃん」
 ハルはそう呟くと、ハルは歌い始めた。

「手を広げ天を仰ぎ眺め見ると
 そこには私の知らない宇宙があった

 手を伸ばすとつかめそうな星
 息を吸えば落ちてきそうな星

 まるでまだ見ぬ無限の星が
 私の体に降ってくるように

 私はまだ知らないのかな?
 宇宙に置き忘れた私のことを
 光の中に取り残された私のことを

 宇宙と私はつながっていた
 でも私は宇宙を知らない

 でもね
 これだけは私でも分かるわよ

 宇宙は私
 そしてあなたも宇宙

 大きな木々の葉っぱのように
 姿違えど同じ命

 だから
 傷つけ合うのは間違ってるわ

 私が死んだらあなたは死ぬ
 あなたが死んだら私も死ぬ

 大きな命の木は
 私とあなたをよく見てる
 そして悲しい瞳で見つめてる

 あなたと私
 違うようで全く同じなのにってね」

 ハルが歌い始め、皆ゴーレムの動きが止まると思っていた。しかし実際はその真逆でむしろ活発になった。しかし、傭兵隊長の指示に全く従わず、明後日の方向に歩き出した。
「おい! どうしたんだ。ゴーレム! 私の指示に従わぬか!」
 一番驚いたのは傭兵隊長。ゴーレムは制御が難しい魔法ロボット。制御不能はそのパワー故に身の破滅と直結しているからである。
「笠木さん。話が違うじゃない!」
「そんな馬鹿な……しかし、結界破壊の動きは収束しました。私も取り急ぎ術を完成させますので勘弁してください」
「仕方ないなぁ。早くしてよね」
 予定が狂ったことで不快感をあらわにしたマユだった。そんな様子を申し訳なく思ったのか笠木は、術の完成を急いだ。
 まずは、前に二十歩ほど歩いて、人差し指と中指を立てた手刀を作り、五芒星を描いた。その後
「ヨッド・へー・ヴァウ・ヘー」
 と振動させながら唱えた。笠木は、罪人達がいる空間の四方を時計回りに歩いていき、その四方で五芒星を描きながら同様に呪文を唱えていった。笠木が歩いた軌跡は鈍い光で発光し、大きな円形の図形が形成されようとしていた。
「アドナイ」
「エヘイェー」
「アーガラー」
 最後に、呪文を唱え始めた最初の地点まで歩いて行くと、罪人を取り囲む大きな円が完成し、眩いばかりの光に覆われた。笠木はその様子を確認すると、円の中央に立った。
 その頃、ハルの歌によってゴーレムの動きが変化したのと同じように、他のものにも大きな変化が起きた。
 それは紂王と妲己だった。
 紂王は、ハルの歌が耳に入ると、何故か急に動きを止め、千手観音も解かれた。しばらく呆然と目の前を見つめると、欲望の権化だった醜い体が、みるみる変化し、驚くほどの美少年に姿を変えた。