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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|67ページ/140ページ|

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「おう!」
 ローマ帝国軍は更に勢いを増しながらハル達に向かっていった。
「マユ! 俺はもう結界はるよ」
「待って、その前に私が幻影を飛ばすから」
「急げ! もう来るぞ」
「分かってる。「愚者」ダニーと天使いっちゃって!」
 マユが愚者のカードを地面に叩きつけると、ダニーと天使約百余名が現れた。
「ピータン! 幻影を風で飛ばして」
「うい!」
 ピーターは、台風並の風を起こすと、幻影の下に潜り込んだ。幻影は風の上に乗った形になり、空気のサーフィンをしているような姿になった。
「いいねぇ。やるじゃん。もう一枚「女司祭長」ハル歌って味方の士気を高めて!」
 続いて女司祭長のカードを地面に叩きつけると、歌を歌うハルが現れた。
「ピータン。このハルを風で上空まで運んで」
「浮かせ続けるってことかい?」
「そう。急ぐ」
「うい」
 ピーターは風で幻影のハルを浮かせると上空二十メートル程で滞空させた。幻影のハルはゆっくり目を開くと、歌を歌い始めた。幻影の歌にもかかわらず、皆力がみなぎり士気が明らかに向上した。
「よし、白鳥君。結界よろしく」
「了解!」
 既に錦鯉を召喚して結界をはり終える直前の行程まで済ませていたスワンは、マユの言葉を聞いた直後、結界をはり終えた。
「おし! 完了! え? 何だこいつ……さっき蹴った仕返し?」
 スワンが外した千切れた左腕がスワンの足を掴んでいた。スワンがいくら外そうと払っても全然外れそうにない。その様子をローマ帝国軍は見逃さなかった。
「あのふざけた格好をしている男が元天使だ! ロンの左腕が足を掴んでいる。まずその元天使を捕獲せよ。敵は僅か百程度。恐れるに足らず。全軍突撃! いや、何だあれは、天使か? 天使が突進してくる! 全軍待機!」
 傭兵隊長の指示が届くまもなく、ダニーを始めとする幻影百余名がローマ帝国軍に抱きつき、熱い抱擁を始めた。
「何だこれは! ぎゃーー!」
 カリグラにより過酷な拷問や処刑をいつも見せられ、大概の責め苦には免疫があったが男同士の秘め事には全く慣れていないローマ帝国軍は、突然の行為に戸惑い、ある者は落馬し、ある者は奇声をあげながら全く関係のない方向に走っていった。それでも、難を逃れた者は、勢いを止めずに突進していった。
 いよいよ近づいてきた。後数秒で激突するという時、
「ハル! 今だ! 結界!」
 ハルはかっと勢いよく目を開くと、
「来ないで!」
 と鋭い声で叫んだ。すると、スワンの結界の外側に半円球状の結界がはられ、突進してきたローマ帝国軍兵士は、結界に叩きつけられて倒れていった。
「ハルちゃーーん。俺の結界の外側にはったら、俺の結界意味ないじゃん」
「……ごめん」
「いやそれでいいの。二重にはらないと破られたら大変でしょ」
「ほう……マユって意外に用心深いんだな」
「慎重で緻密って言ってほしいな。執念深いみたいな言い方しないこと! 笠木さん? あんたは逃亡の術をかけるんでしょ? 早くして! って始めてるんだね」
 ふと笠木の方を向いたマユ。笠木はマユの問いかけに耳を傾けずに黙々と術をかけていた。
 笠木は、人差し指と中指を立て、手刀をつくった。それを額に当て、
「アテー」
 と声を震わせながら唱えた。次にその手刀を額から胸の位置まで下げ、
「マルクト」
 とまた声を震わせながら唱えた。声を震わせることにより、呪文を空気に振動させ、遠くまで影響を与えようとしてた。手刀を胸から右肩に移動させ、
「ヴェ・ゲブラー」
 と唱えた。次は手刀を左肩に移動させ、
「ヴェ・ゲドラー」
 と唱えた後、胸の前で両手を握り合わせ、
「ル・オーラム・オーメン」
 と唱えた瞬間、手刀を動かした軌跡が輝き始め、まるで笠木の体そのものが十字架になったかのような図形を形成した。
「おお! なんか笠木さん、凄い技をかけているんだね。期待しているよ。ん? 何だあれは! スワン君、北の方からも何かが来たよ。結界の場所を調節して」
 マユが指さした先には、馬車のような戦車に乗った妲己と紂王の姿があった。
「だっきちゅわん。敵はどきょにいりゅにょ?」
「紂王ちゃま。あのけっきゃいのなきゃよん。けっきゃいがありゅとはいれないにゃぁ」
「姑息な! だっきちゅわんのじゃまをしゅるやちゅは、この紂王ちゃまがゆるさんじょ! こら! 不届き者! 早く結界を解かんか!」
 大きな声で叫んだ紂王。まさにハルたちにも届く程のものだったが、当然ハル達はそれで結界を解くはずもない。その様子に激怒した紂王は、即座に強烈な光に覆われると、千手観音に姿を変えた。そして、全ての手にバズーカー砲が持たれていた。
 その姿をローマ帝国軍も見ていた。
「あれは殷の紂王……しかも千手観音モードだ……やばい事を急がねば……おい、結界除去官! 結界の解読コードを読んだか?」
「はい。コード231 354 376 1110です」
「取り急ぎ注入せよ」
「了解」
 結界除去官と呼ばれる男は、矢にコードにあたる数字を指で書くと、それが光の筋になり、矢の中に吸い込まれるように入っていった。その矢を弓で射ると、ハルの結界に刺さり、同時に、コードの数字が結界の壁に表示された。最後の0が表示された瞬間、ハルの結界は粉々に砕け散った。
「ハル! 大丈夫?」
「私は大丈夫! もう1回!」
「無理しないで! 後は白鳥君が……」
 といいながらスワンを見たマユだったが、とうのスワンは額に汗を滲ませ、倒れる寸前になっていた。
「マユ……やばいぞ……」
 マユはスワンの結界を見た瞬間その言葉の意味を理解できた。紂王のバズーカー砲がことごとくスワンの結界に命中していたからである。
 ローマ帝国軍もスワンの結界を解除する動きに出た。
「結界除去官。あの水のような結界は除去できるか?」
「水の精霊結界、ウンディーネではなさそうです。どういう仕組みか解読を試みましたが複雑すぎて不可能です」
「ちっ新入りの癖に面倒なことしやがって……地に留まりし生命の種よ。今こそ芽吹き命をもて。そして我が敵を壊滅せよ。生まれよ! ゴーレム!」
 ローマ帝国軍の傭兵隊長が唱えた呪文を唱えた後、手にした「emeth」と書かれた数十枚の羊皮紙を投げると、その羊皮紙が着地した場所の地面が盛り上がり、羊皮紙と同じ数の土人形が形成された。その土人形は身長が五メートル程あり、一歩歩くだけで大きな地響きを立たせながらゆっくりとスワンの結界まで歩いて行った。そしてスワンの結界を殴ったり蹴ったりして壊そうとするが、さほど効果はなかった。しかし、スワンの精神的な負担を与えるには有効だった。
「なんだあの化け物は……あんなものが襲ってくるって聞いてないよ」
 ゴーレムにびっくりして腰が退けているスワンだったが、マユは紂王と妲己しかみていなかった。それも紂王の攻撃をしのぐために見つめていたのではない。あの恍惚とした表情。そう、またもや妄想劇場が始まりであった。
「マユちゃん! 今は駄目だよ!」
 流石に窮地に追い込まれている時に、妄想をしている余裕はないということで、ハルによって妄想が始まる前に止めさられた。
「ちぇ! もうちょっとのんびり妄想したかったなぁ」