天上万華鏡 ~地獄編~
「妲己よ。朕は間違っておった。朕の任務はあの者達を連れ帰ること。攻撃することではないよの?」
「その通りでございます」
紂王と同じく、妲己も別人だと思ってしまうほどの変化が起きていた。
「だとしたら、私はあの者達を説得して芯より理解させるのが肝要だと思うがどうじゃ?」
「その通りでございます」
「よし。罪人の諸君。私は君達を解放するためにここに来た。永遠の楽土をその手にしたいならば、今すぐその結界を解き、私と共に殷へ下れ。私は君達に幸せを送り届ける役目にある紂王である」
その穏やかな口調にハル達は息を呑んだ。先程まで鬼のような攻撃をしていた紂王が掌を返したような懐柔策に出たからである。皆、何かの罠だとしか思えなかった。しかし例によってあの者は違う。
「いやーん。何? あの美少年……」
「おい! 変態のねえちゃん。また病気かい?」
リンの冷ややかな視線を全く無視して、またもや妄想劇場が始まってしまった。
「マユ! いい加減にしろよ! 笠木も見てるだろ?」
二人の激しい非難に渋々応じるマユだった。
「ちぇ……みんな真面目すぎるんだから……たまにはいいじゃない」
「お前、三回連続で妄想はないだろ! あまりにもやり過ぎだっちゅうの!」
「分かったよ。どうせカードにするんだから後からじっくり妄想するよ……」
今回も妄想の具現化なくしてカードが作られた。マユの目の前にヒラヒラ落ちてくるカード。それは、光り輝く美少年の紂王。その膝にうっとりとして頬ずりしている男性変換された妲己の姿だった。マユのカードはハルを除いて、女性は全て男性に脳内変換されていた。
「妄想なしで「太陽」ゲット……とほほ」
紂王本人は自分が妄想のネタにされていることなどつゆ知らず、説得工作を続けていた。
「罪人の諸君。君達の仲間も歌っているではないか。我らみんな仲間であるぞ。敵対している場合じゃないぞ」
「そうでございます。私達は仲間でございます。紂王陛下の仰る通り、皆手と手を結んで楽園を築こうではありませんか」
妲己もまた紂王と同じく説得にあたった。ハルの歌によって究極の平和主義になった二人の言葉は留まる事を知らなかった。しかし、ハル達からすると怪しい言葉にしか聞こえない。
「マユさ、あの美少年の言うこと信用できないよな?」
「そうだね。美少年と言ってもさっきまであの攻撃だしねぇ」
先程まで美少年だと心を奪われていたマユでさえも、紂王の言葉には耳を傾けることができなかった。
「笠木さん。あとどれぐらい?」
笠木はマユの問いかけに答えず、術の仕上げに集中していた。
「我が前にラファエル、我が後ろにガブリエル、我が右手にミカエル、我が左手にアウリエル、我が周りに五芒星は燃え、柱の上に六芒星は輝きけり」
そう唱えた瞬間、笠木が四方に歩いて描いた五芒星が光り輝き、それがしまいには燃えだし、激しく回転をし始めた。その五芒星の前に、笠木が唱えた天使の石像が現れ、また同じように光り輝き始めた。
「おお凄い!」
「何だこれは!」
「俺達どうなるんだ」
口々に呟かれる驚きの声。しかし術の発動はまだ始まったばかりだった。地面に描かれた大きな円の中にまた強大な六芒星が現れたのである。それがまた回り出して
――――キュイーーン
と、天使が現れるときと同じ音が鳴り響いた。巨大な六芒星は、ゆっくりと地面ごと下に沈んでいくと、その中にいるハル達全員と共に姿を消した。
残されたのは、紂王達とローマ帝国軍。皆呆然とその場に立ち尽くした。最初に口を開いたのはローマ帝国軍の司令官だった。
「あれは笠木による五芒星小儀礼……根こそぎもっていかれたか……」
一方、紂王は美少年からまた元の醜い姿に変わっていた。
「だっきちゅわん。じゃいにんどもはどきょにいりゅの?」
「消えたわん」
「あいちゅらがじゃましたからだにゃ。薄汚きローマ帝国軍よ! 貴様等の所業許しておけぬ!」
またもや千手観音に変身する紂王。即座に照準をローマ帝国軍に合わせ、一斉砲火を浴びせた。
「何! 紂王が我らに……ぎゃぁぁ!」
抵抗する間もなくローマ帝国軍は全滅した。
後に残されたのは、制御不能になったゴーレムだけだった。
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ