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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|65ページ/140ページ|

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「ちょっとみんな静かに……何かが聞こえる……」
 地面の揺れ、そして鈍く響き渡る音が次第に大きくなっていく。浮かれた様子だったハル達も、状況を理解しようと、一斉に耳を澄ました。
 騒がしい状態から一転して静寂に。厳しい表情をしながら全ての神経を耳に集中させた。
「何かが来る……しかも半端な数じゃない。ここに目がけて……」
 スワンは、地響きの大きさと数多くの足音から、そう推測した。皆の予想も同じだったようで、誰も異を唱えなかった。何か危機的な状況が迫ってきている。そう皆確信し、今度はどう備えるべきかという点に思考を巡らせた。
「とりあえず結界をはるといいと思うんだけど、俺の結界だけじゃこの人数は……」
 と言いながら振り返るスワン。そこにはマユがいたが、目の焦点が合っていない。恍惚とした表情で宙を眺めていた。
「あのーマユさん? こんな時に妄想なんてしていない……ですよね?」
 引きつった笑顔で問いかけるスワン。一方マユは、スワンの声が聞こえていないのか一切反応を示さなかった。
 暫くすると、スワンの危惧している通り、マユの背後には、妄想により具現化された男達が現れた。マユによる妄想劇場の幕開けだった。
 マユの背後に、壁に打ち付けられている肉片と同じく、高い木の枝にロープで足を縛られ、逆さまになって宙吊りになっている男が現れた。その男に近づいていく者が一人。それはスワンだった。
「君は、ずっとここで拷問を受けているのか?」
 スワンは、吊られた男の足を優しく撫でながらささやいた。
「あ……そうだ……やめてくれ……いや、やめないでくれ」
 スワンは、吊られた男の反応に上機嫌。更に言葉責めが炸裂する。
「どっちだい? さあ、正直に言わないと、後悔するよ」
 スワンは吊られた男の耳元まで顔を近づけると、ふっと吐息を吹きかけ、妖しくニヤリと微笑んだ。
「うおーーーい!! 何でまた俺なんだよ!」
 耐えきれず抗議するスワン。ここでやっと妄想劇場に幕がおろされた。
「もう。いいじゃん。むしろ何度も出演できてラッキーって思ってもらいたいよね」
 不満の声をあげながらも、新たなコレクションを手に入れた喜びから、溢れる笑みを止めることができなかった。そして、スキップしながら、吊られた男にふれると、妄想のスワン達は姿を消し、後にはカードが一枚だけ残された。「吊られた男」のカードだった。
「吊られた男ゲット!」
「だからさ、どうして緊急事態の時に限って妄想するんだよ。妄想は平和な時にしてくれよ」
「何度も言わせないで! 緊急事態だから萌えるの! 分からないかな? これだからノンケはやなんだよ」
「な……ノンケ? 何言っているんだよ。第一、お前が妄想したような吊られている奴なんていないじゃないか!」
「肉片を妄想したら気持ち悪いでしょ? だからアレンジしたんだよ! 都合の良い妄想するのは基本中の基本!」
「もう二人とも……」
「そうだよ。錦鯉のにいちゃん。結界どうするんだ」
 マユが妄想に浸っている間に、地響きはますます大きくなり、遠くから砂埃が見えてきた。いよいよ、ハル達を襲おうとしている者達の姿が現れようとしていた。方向は西。ローマ帝国からだった。
「リンの兄貴! あれを見ろよ。すげー数の軍隊みたいなやつらが!」
「やべぇよ! あれ全部俺等目がけてきているのかよ!」
「ひとたまりもねえぜ!」
 間近に迫ったローマ軍を前に、罪人達は動揺し始めた。ハルはその様子をどうにか収めようとしたが、状況が状況だけに、容易には混乱を収めることはできないと思い、言葉がなかなか出なかった。それでも、どうにかしたいという思いから、
「皆さん。私がどうにかしますから!」
 と言うしかなかった。
 ハルの言葉を聞いた罪人達は、ハルなら本当にどうにかしてくれるかもしれないという絶対的な信頼感から、どうにか落ち着くことができた。しかし、罪人達が最も聞きたいことは、どうやってこの危機を乗り越えるのかという策であった。
「姉御……俺はあんたを信じるが、どうやってあれを防ぐんだ?」
 当然の疑問だった。ハルには策がない。不安そうな顔をすると皆が動揺する。だから笑顔を崩さずにいたが、その心中は苦悶に満ちたものだった。
「私にアイディアがあるよ」
 口を開いたのはマユだった。皆一斉にマユの顔を見つめた。
「ハルとスワン君が同時に結界をはる。スワン君は全方向じゃなくて、敵がいる方向だけにはるんだよ。私は、カードを2枚ぐらい使って天使を沢山出すから、それをおとりにしようか。私の幻影は、男を襲うようになっているから、敵に向かってしがみつくはず。運がよければうまく絡んでくれるんじゃないかな?」
「おおすげぇじゃねぇか! それしかねぇな」
「変態なだけじゃねぇんだな! 見直したぜ」
 口々に賛美の言葉をマユにかけた。それらの言葉に満足したのかマユは罪人達に笑顔で返した。そして、そっとハルの方を向くと、皆にばれないようにウインクした。
「マユちゃん……ありがとう」
 マユはハルの気持ちが分かっていた。その上で助け船を出したのだ。
 ハルは罪人達のカリスマだ。皆を守ろうとする気概や覚悟も申し分ない。しかし、策を弄することができないという弱点がある。想いが強すぎてもそれだけでは乗り越えられない場合もあるのである。それをカバーするのがマユの役目。二人の連携は、絶妙な効果を生んで、この場をも乗り越えようとしていた。
「うん。マユちゃんの作戦でいきましょう。スワン君もいいよね?」
「ああ、大事な場面で妄想していた分を取り戻したな。俺も異論なし。それに結界も一面だけのものだったら、防御力も上がると思うしいいアイディアだな」
「よし。白鳥君もいいこと言うじゃない!」
「もうお前と喧嘩している場合じゃねぇしな。それにお前の作戦は間違いないからね」
 バベルの塔ではマユの作戦がことごとく成功した。それをスワンは覚えていたのである。マユのタロットカードを使う能力は、全く攻撃力のない、いわば木偶の坊だ。しかし、それを巧みに使って危機を回避してきた。他の者の能力をも活用すれば作戦の幅が広がる。そういう確固たる信頼があった。
「ハマスの三人はそうするとしてよ、俺等はどうするんだよ。ただ姉御達がやっていることを眺めているだけかい?」
 マユは暫く考えた後、再び口を開いた。
「みんなの中で、何か特別なことが出来る人いる? いたらでいいんだけど」
 突然の言葉に罪人達はざわついた。暫くして、そのざめきをかき分けるように、一人の罪人が前にでて、マユに語った。
「あっしは風を起こせます。台風ぐらいだったら三時間はできまさあ」
 この言葉にマユは目を輝かせた。
「いいじゃん。使えるよ。んでもさ、どうして今まで教えてくれなかったの?」
「だってよ、俺この力使って人を傷つけてきた。姉御が人を傷つけては駄目だって言ってたからよ。封印したんだよ」
 思わぬ告白を聞いて、ハルはあまりにものうれしさに思わず涙目になりながらその罪人を見つめた。その罪人はハルの視線に気付くと、照れ笑いをしながら一礼すると、またマユの方を向いた。