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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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第11章「ジョニービル攻防戦」



 仁木が殷を滅ぼして三ヶ月後。
 ハルを始めとする罪人達は、バベルの塔を通過し、ようやく修羅地獄に足を踏み入れた。
「おそーいハル。待ったぞ」
 マユがハルに対して声をかけた。せっかちなマユが、のんびり屋のハルを待つというお約束の光景が繰り広げられた。ハルが修羅地獄に足を踏み入れ周りを見渡した時、他の一緒にバベルの塔を通過した罪人達は、皆目の前にある壁の前に集まり、呆然と立ち尽くしていた。
「皆さん? どうしたんですか?」
 ハルが皆に声をかけると、
「どうしたもこうしたもねーよ姉御。見てみろよ」
 リンが指さした先には、体をバラバラに分解され、それを釘で打ち付けられた罪人達がいた。
「え……どうして……」
 ハルは思わず息を呑んだ。肉片になった体が痛みに耐えきれずピクピク動いている様子を見ながら、誰がこんな酷いことをしたのかと疑問を抱かずにはいられなかったからである。
「あれまーこりゃひどいね」
 スワンはこのような所業に免役があるらしく、平然とした様子で辺りを見渡した。
「ん? 何か書いてあるぞ。新入りの罪人共に告ぐ。この者達のようになりたくなければ、我が軍門に下れ。ローマ帝国皇帝「カリグラ」だと。ローマ帝国かぁ何か聞いたことあるな」
「何でそんな軽いの? 人が刺されているんだからさ、他に言うことあるでしょ?」
 軽蔑するマユにスワンは何をそんなに怒っているのか全く理解できていなかった。
「え? だから、酷いなぁって。というかローマ帝国って知ってる?」
「そりゃあね。一応私スコットランド出身だしね。ハルは知ってる? ジパングからは遠いじゃん」
「ああ……女学校で習ったよ」
「女学校って何でも教えてくれるんだ。東方見聞録も知ってたよね?」
「何、二人で盛り上がってるんだよ」
 スワンは自分が会話に入れなかったことに不快感を示した。
「姉御……それより、これどうするよ」
 リンの言葉に皆ハルの顔を覗き込んだ。壁に打ち付けられた肉片。これが何を意味するのかよく分からない。しかし、もしかしたら、それらと自分達が同じ運命を辿るかもしれないという不安を煽るのには十分だった。
 不安を煽った上での勧誘文。ここがどんな地獄なのか十分に理解できていない罪人達の心をコントロールするにはうってつけだった。
「勿論外しましょう」
 ハルは即答した。一時間に一センチそれぞれの部位が引き寄せられ再生される。しかしそれぞれが固定されていたら、永遠に再生されない。そのことを知っているハルは、とにかく釘で打ち付けられているのを外さなければいけないと思っていた。
「こっちは……我が軍門に下れば、現世と同じく人としての幸せを保証しよう。殷帝「仁木龍生」かぁ……どっちかに行けという意味か?」
「白鳥君さあ、空気読みなよ。この人達をどうにかしようとみんなで考えてるんだよ? 今はそんな文字関係ないの」
「はぁ? この壁に書いている文字は読めるけど、空気なんか何も書いてません。だから読めません」
「白鳥君? 私を馬鹿にしてるの?」
「二人ともやめて……」
「錦鯉のにいちゃん、変態のねえちゃんよ。痴話げんかはやめてくれねぇか」
「そうだな。こいつらをどうするか考えないとな。外すんだろ? だったら急いで外そうぜ」
 スワンは迷いなく釘で打ち付けられた肉片をいくつか同時に外そうとした。
「スワン君待って。そっと外さないと血がたくさん……」
「え? もう外れたよ」
 無造作に外される肉片。
――――ボトボト
 という音と共に地面に落ちていった。
「あ……なんか痛そう……」
「もう白鳥君ったら」
 呆れ顔でスワンを睨むマユ。他の罪人達も同じようにため息をついていた。
「何だよみんなして。痛そうに落ちたけど、叫び声みたいなものがないじゃないか。多分痛くないんだよ」
 まだみんなスワンを見つめている。
「おいおい。しつこいぞ。そんな目で見て俺を責めないでくれよ」
 ただならぬ雰囲気にスワンはおろおろするばかりだった。
「いや……錦鯉のにいちゃん……この腕の顔がここにないんじゃねぇか?」
「あ……そっか! まさか、別の部屋とかに顔があるとか」
 マユの言葉に皆顔を見合わせた。しかしそのことがどんな事態につながっていくのか分からなかった。
「何だこれは……」
 スワンが呟いた先には、眼球が二つ。それが地面を転がっていた。
「何か嫌な予感がする……」
 マユが呟いたのと時を同じくして、話題となった生首は、ローマ帝国ジョニービルの砦にある司令室にあった。
「ほほう。新入りの分際で、偵察首の存在に気付くとはな。さあロン君、状況を説明しなさい」
 丁度首のところで切断されている頭部に対して、司令室の長らしい人物が語りかけていた。この生首は、金髪の西洋人のようだが、眼球が二つともえぐり取られているため、細かい表情を読み取ることはできなかった。
「う……は! ぎゃぁぁ! あ……あ……」
 生首は怯えるがあまり言葉を発することができなかった。
「ロン君? 俺の質問に答えてくれるかな? 全く元天使は使い物にならないな。自分でジュネリングを壊して地獄に来たんだろ? 何があったか知らんけど、天使が地獄に来たって通用するわけないのにな」
 ジュネリングとは、死んだばかりの霊が成仏するまで現世に留まる事を許される許可証みたいまもので、通常首につける輪っかである。それが壊されると強制的に地獄へ落とされる。このロンは、天使でありながらジュネリングを自ら破壊し、地獄に墜ちるという通常は理解されない道を歩んでいた。
「うわわわ……元天使がいる……それに他にも知っているやつが……」
「ん? ロン君が知っているやつが来たって? じゃあそいつも天使なんだな?」
「あ……あ……そうだ。あと……全員で百人……ぐらい」
「元天使に人数は百人……相違ないな?」
「……はい……」
「嘘の情報流したらどうなる分かっているよな?」
「あ……ひゃ……ぎゃーー! 分かっています!」
 こぼれた眼球と外された手。そこからこの司令室にある生首に情報が集められ、必要な情報を喋るという情報収集システムになっていた。
「よし、第二傭兵隊長より、全ジョニービル辺境警備隊に告ぐ。ジョニービル壁文前付近にて元天使及び、新入りの罪人百余名入獄した。直ちに現場に向かい、殷よりも早く多くの身柄を確保せよ。特に元天使については報奨金を十倍とする。皆の者、早急に出陣せよ」
 ジョニービルの砦より、ローマ帝国軍約数百の軍勢がハル達目がけて進軍を始めた。
 そんなことなど知る由もないハル達は、あるはずの生首がどこにあるのかまだ話していた。
「何で顔だけ別の場所にあるの? 意味分からない」
 と言いながら、スワンは自分で外した手首を蹴った。
「やっぱりそうか。ここまでしたら流石に痛がるはずなのに声しないしね」
「おい! 錦鯉のにいちゃん、何してるんだよ。なあ変態のねえちゃんよ、いつもああなのか?」
「そうだよ。だって白鳥君デリカシーないもん」
「デリカシーがないって……」
「だってそうじゃない。否定できる?」
「変態に言われたくないな」
「ありがとう。褒め言葉として受け取らせていただきます」