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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|61ページ/140ページ|

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 天使に話しかけるカリグラだが、天使は恐怖に怯えるばかりで話にならなかった。
「なんとも情けない。天使の癖に、痛みに怯えるしかできないのか? 我々に鞭を打つ傲慢な天使は、所詮肩書きのみで我々の上に立っていたといことか? 罪人だったらこれしきの痛みとうに耐える魂になっている。ぬるま湯に浸かりきった毎日を過ごす馬鹿だからこんな軟弱になっていくんだよな」
 カリグラは、天使の頬をおもいっきり掴み、憐れみの目で見つめながら言った。
「もう一度聞くよ。堕天使三田才蔵様を知っているか?」
 今度はかろうじてカリグラの方を向いた。しかし開いた口からは言葉が発せられなかった。
「マシュー君。巻きなさい」
「御意。メリー!」
 メリーはゆっくりハンドルを回し、天使の腸を巻き取り始めた。
「天使さん? そろそろ言ったらどうだい?」
「あわあわあわ……三田……三田……」
「マシューさん。一旦止めて」
 腸巻きを止めた。
「あわわわ……三田…三田……」
「時間稼ぎかい? 早く言わないんだね。マシューさん」
 この言葉に焦りを見せる天使。慌てて話し始めた。
「知ってる。知っているから止めてくれ!」
「止めて」
 カリグラの言葉にメリーが反応し、ハンドルを止めた。
 落ちた。カリグラはそう思った。ここまでくれば、芋ずる式に聞き出すことができる。修羅地獄に来て初めての拷問にもかかわらず、手際のよい拷問術を披露したマシューを一目おくカリグラだった。
「じゃあその三田才蔵様はどちらに?」
「どうしてそんなことを?」
「え? あなたに質問する権利あるのかな? ないだろ? 質問に答えてくれないかな?」
「……それは……」
「マシューさん。まきな……」
「分かった! 待ってくれ!」
カリグラの言葉を遮る天使。これ以上の恐怖を味わうことはできないという焦りからすがりつくようにカリグラを見つめる天使。それを冷たい瞳で見下ろすカリグラだった。
「巻きやめ。そこまで言うぐらいだから、私の納得することを教えてくれるんだろうね?」
「現世だ!! 現世の中の亜空間に……」
「現世に亜空間など……」
「あるんだ。膨大なエネルギーを注ぎ込むことで、現世空間にはない亜空間を……」
「現世……」
 カリグラは困った顔をした
 それもそのはず。カリグラはこの「三田才蔵」が、地獄のどこかにいると思っていた。場所が分かれば、配下を含めた罪人達を使い、どうにかなっただろう。しかし、真相は地獄から遠い現世。地獄の罪人が行くのはまず不可能な場所だった。
「マシューさん。多分こいつが言っていることは嘘だ。お仕置きを……」
「御意。メリー!」
 メリーは、再度ハンドルを回し、天使の小腸を巻き取ろうとした。
「嘘じゃない! 本当だ! 本当だ!」
「ほう。じゃあその証拠は?」
「しょ……しょ……」
 証拠を出せないもどかしさから、同じ言葉を何度も呟くことしかできなかった。それを見たカリグラは、
「マシューさん?」
 更なる拷問を促した。
「御意。メリー!」
 すると、腸の巻き取りが再開されるよりも前に、天使は自分のエンジェルビジョンを出現させ、カリグラに見せようとした。
「証拠はこれだ! これに載っている」
 カリグラはニヤリとして、そのエンジェルビジョンを受け取ったが、電源が入らない。ディスプレイには「利用資格なし。利用不可」と表示されていた。
「利用資格なしだと? 天使解任ってことか? ほら元天使さん。証拠はないぞ?」
 カリグラはエンジェルビジョンを床に叩きつけると、冷たい目をしながら天使を見つめた。
「陛下、畏れ多くも申し上げます。エンジェルビジョンなるものから、嘘の情報が提示されることはまずありません。それを見せようとしたわけですから……」
「なる程。一理ある。信じよう。ならば、こいつは用済みだ。百瓶に処せ」
 カリグラの言葉を受け、大きな包丁をもった罪人が数名がラックの前に立ち、即座に天使を切り刻み始めた。悲鳴をあげる天使。しかし、細かく切り刻まれる程にその声は弱々しいものになり、遂には聞こえなくなった。サイコロ状にまで細かくすると、別の罪人達が、丁度肉片が入るほどの小瓶を数多くもってきた。その小瓶の中には水が浸されていた。
 それぞれの肉片を小瓶に1つずつ入れては蓋をしめていった。全ての肉片が詰められたことには、血に染まったラックと、真っ赤な液体が入った小瓶数百個が残されていた。
「マシューさん。修羅地獄での最大の恐怖は何だと思う?」
「陛下。私には全く想像もつきませんで……」
「じゃあ教えてあげよう。永遠の苦しみだ。百瓶というのはね、体を百個以上に分解して水が入った瓶に入れること。水があるから、血液は流れ続ける。全て別個に入れているから再生ができず。つまりは……」
「永遠に苦痛を?」
「ご名答。私が開放しない限り、この元天使さんはいつまで経っても苦しみ続ける……天使に相応しい末路だろ?」
 マシューは徹底した責めの所業に身震いをした。それは、いつ自分がそんな立場になるかもしれない恐怖心と、それを自分ができるという興奮によるものだった。全く真逆な感情が入り乱れながら、残ったのはカリグラへの忠誠心だった。マシューは自らの幻影であるジョンとメリーを消した後、カリグラの前に跪いた。そして
「陛下……魂の尽きるまで忠誠をお誓いします」
 この姿に満足したカリグラは、マシューがもっと喜ぶ言葉を放った。
「マシューさん。あなたの能力とその忠誠心を鑑み、カルバリン辺境伯及び、拷問府総督に任命する」
「はは! ありがたき幸せにございます」
 マシューは名実共にカリグラの配下になった。
「三田才蔵様は現世にいらっしゃるか……」
「陛下、三田様とは?」
「ああ、マシューさんも知っておくといい。三田才蔵様という方はな、有能な結界官でありながら、自ら神に反旗を翻し、堕天使となった英雄。その力はサタンに匹敵すると……是非、我が国に招き、修羅地獄を統一したいね」
 三田才蔵。この者は、ハルに神仙鏡を盗難させ、地獄に墜ちる一因をつくった人物である。現世にいながら法律違反を繰り返し、更には、天使に検挙されずにいる稀代の犯罪者である。そしてその悪名は地獄にも広まっていた。
「そんな方が存在するのですか陛下」
「マシューさん。私はここに二千年いるんだよ。その私が言っているんだよ。疑うのか?」
 冷たい瞳でマシューを見つめた。その眼力にマシューは凍り付いた。それだけで体が引き裂かれそうな恐怖感に苛まれたからである。この迫力こそがカリグラが皇帝たる所以だと言えるだろう。
「いいえ滅相もございません陛下」
 カリグラの配下達が、天使の肉片を詰めた百瓶をセラミック製の薬品庫に全て詰めると、宴会場から別室に運び出した。
 残ったのは、天使のおびだたしい血液。しかし他の罪人達は全く気を留めることなく宴会を楽しんでいる。目玉の出し物が終わった。次は目の前の料理や酒を飲み食いするのみ。罪人達は、次から次へと用意される快楽に溺れていた。
 カリグラやマシューもまた同じで、それぞれの欲求を晴らした満足感から、興奮冷めやらぬ様子で、目の前の料理を頬張った。