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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 酒池肉林で乱れに乱れている罪人達は約百名。本能の赴くまま、その欲望を晴らそうと動いていた。その様子を玉座に座る紂王始め、数名の側近達が見つめていた。
 眺める者達もまた狂気に奪われた目をしながら、じっと欲望に支配された罪人達を見つめている。いかにも何かに期待しているかのような目をしていた。
 しばらくすると、
「いてぇぇぇ! いてぇよーーー!」
 罪人の一人が、腹を抱えて悶え苦しみだした。一人が苦しみ出すと連鎖するかの如く次々に同じく苦しみ始めた。
 それを眺めている、紂王始めその側近達は、さも満足げに高笑いを始めた。
「そちらも馬鹿よのう。そちらが食べた肉は徐々に再生しようと動き回る。そちらの体の中でな……自分の体、他人の肉、それらがめちゃくちゃになって蠢きあう……それを予想できぬとはのう。低脳は低脳らしい生き方しかできぬということ。そう思わぬか?」
 目を細めて呟く紂王。帝に相応しく豪華な装飾品を身に付けてはいるが、体は丸々と太り、顔は首との区別がつかないほどに脂肪をつけ、髪は禿げて薄く、その瞳は灰色に濁っていた。まるで欲望の権化というものをその姿で体現しているようであった。
「左様で。罪人めは腐るほどおりますが故に……」
「使い捨て……ということか?」
「左様で」
「しかし、あすこにいる罪人は使い捨てになりそうか?」
 紂王が指さす先に仁木がいた。
「貴様は誰だ!」
 側近の一人が、大声で叫んだ。
「我が名は仁木龍生である」
「貴様の目的は如何に?」
 側近と仁木との問答の間、紂王はそれを意に介せず、酒池肉林で悶える罪人達を相も変わらず下卑た表情で笑いながら見つめていた。
「殷帝、紂王の首をとることである」
 遂に、殷帝、紂王との戦いの火ぶたが切られようとしていた。
 その頃、ローマ帝国では、カリグラ指揮による、天使拷問が数時間にわたり続けられていた。まだ宴会も続けられており、宴会に参加している罪人達の興奮は更に高まっていた。それは酒や料理を貪ることにより気分の高揚ではない。目の前で憎き天使があわれもない姿で身悶えている様子が繰り広げられているからである。
 天使は、ファラリスの雄牛の中、灼熱ともいえる熱さで悶えながらも、呼吸ができない息苦しさから、目の前にある大きなパイプに口をつけて呼吸しなくれてはならなかった。
 狭く、暗く、熱く、息ができない。
 いくつもの苦痛が天使を襲っていった。しかし、死ぬことができないのだ。それどころか、意識を失うことさえなかった。天使は悲痛な叫びをあげたが、外に漏れることはなかった。その代わり、呼吸をするために口を付けたパイプから牛の鳴き声のような野太い叫び声が響き渡っていた。まるで牛が唸るように。
「今日もよく吠えるね。マシューさん。いい響きだろ?」
「陛下、惚れ惚れします……」
 マシューは、この拷問が始まってから、ファラリスの雄牛を凝視して、目を離さなかった。マシューは魔女狩りの審問官として数多く拷問法や処刑法を知っていたが、マシューが活躍したイングランドでは、拷問を厳しく禁止しており、マシューが望む拷問や処刑ができなかった。
 書物で見付け、いつも惚れ惚れと眺めていたファラリスの雌牛の項。実際に見ることは叶うまいと思っていただけに、興奮が未だに収まらなかったのである。
「しかしね、ちょっと困ったことがあるんだよ。マシューさん聞いてくれるか?」「陛下なんなりと申しつけください。」
「私も納得する美しい処刑だけど、これでは拷問にならないと思わないか?」
「陛下、と、いいますと?」
「天使から聞き出したいことがあるんだよ。でも、これじゃ無理だろ? 喋ることができないからな」
「陛下、わたくしめにお任せください。まず、天使めを取り出し、再生させてもよろしいでしょうか?」
「ほう。何か考えあってのことみたいだね。いいだろう。拷問官! 聞いていただろ? 天使を出して、再生ボックスに入れなさい」
 カリグラは、拷問官に指示すると、ゆっくり王座に座り、マシューを眺めた。
「マシューさん。あなたは、拷問が大好きだそうだが?」
「左様でございます陛下」
「ということは、拷問に関する能力を?」
「その通りでございます陛下」
「はははっ見てみたいねぇ」
 普段は面をつけているように表情を変えないカリグラだったが、マシューを見つめる顔は、わずかに頬を動かしただけではあったが、明らかに笑っているように見えた。その表情は非常に冷たく、褒めの言葉を受けたマシューでさえ、背筋を凍らせた。
 拷問官により宴会場を中央に設置してあった、ファラリスの雄牛から、いぶされてくん製になった天使の胴体が取り出された。同時に、ファラリスの雌牛の下で燃やされていた手足も取り出され、人一人入ることができるほどの大きさがある壺に、全てが入れられた。
 その壺には、丁度満杯になる程の液体が入っており、その液体の上を天使の体がプカプカと浮かんでいた。この液体は、天使の体にある血が吹き出ることを促進する効果があるらしく、再生のために体に戻っていく量よりも、排出される血液の量が多かった。
「陛下。この液体は何でしょう」
「マシューさん、いい質問だ。これは普通の水だ。これに体を浸すとね、血が普通よりたくさん出るようになる。体は1時間に1センチの再生しかできない。いつまでたっても血は抜ける一方」
「水……ですか」
「そう。天使といってもね。体の仕組みは私達と一緒。血が抜ければ力が出ない。いわば失血死のような状態が続くということだ。マシューさんの拷問は血がないとできないものか?」
「いいえ。大丈夫です陛下」
 そう呟くマシューは、壺の中で再生していく天使を見つめながら微笑んだ。天使は千切れた手足は胴体と結合した。しかし止めどもなく流れ出す血液はそのままだった。意識ははっきりしているが、体が思うように動かない天使は、これからどんな拷問にあうのか恐怖でしかなかった。
 既に声帯が再生しているにもかかわらず、その口からは、はっきりとして言語が発せられず、ただうめき声が力なくこぼれるだけだった。
「私達を従わせて、いかにも主だと言わんばかりの横柄な態度しかとれない天使も、一人では何もできず、待ち構えているであろう拷問の恐怖に怯えるのみ……憐れだなぁ。見るに堪えない醜態を晒しながらもそれを恥とも思わない……これが天使の正体。天使の仮面の下は私達罪人よりも矮小な魂。力も心もな。名もなき元天使さん、身の程を知りなさい」
 カリグラは、天使を見下ろしながら、いかにも汚いものを見るように顔をしかめていた。カリグラにとって天使とは肩書きだけの存在。自分達の支配者としての認識はなかった。
「さあマシューさん。天使の体は再生した。拷問の時間だよ」
 この言葉を聞いた皆は一斉に歓声を上げた。カリグラのこの言葉は、拷問が始まるお約束の言葉。それを皆知っているからだ。宴会に没頭していた側近や大臣達、その他の参加者が一斉にマシューを見つめた。
 熱狂的な歓声の中、マシューは今こそ自らの力を最大限に活用できる時。ここでうまくいけば、この地獄でうまく立ち振る舞える。出世のチャンスだという思いで体が震えた。
「ジョン! メリー! 仕事だよ」