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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 結界が解かれたことを確認すると、仁木は地面に突き刺した剣を勢いよく抜いた。すると、火炎鳥は六芒星の上に乗り、登場と同じく眩い光に包まれながら、今度は六芒星の中にはいっていった。火炎鳥が完全に去った後、六芒星を構成している六本の剣は徐々に透けていき、しばらくすると完全に消えてしまった。
 仁木は、火焔鳥を召喚するにあたって使ったものが全て消えたことを確認すると、ゆっくりと門をくぐり、紂王の屋敷に侵入した。
 すると、仁木の進入をいち早く察知した、殷軍の兵隊十数名が、仁木に向かった拳銃を構えた。
「貴様は誰だ。名を名乗れ!」
「修羅地獄に来たばかりの仁木龍生と申します。お仲間に入れていただきたく参上した次第です」
「入獄したばかりの新入りが踏み入れる場所ではない! 己の愚かな行為を悔いるがいい! 撃て!」
 城門と同じやりとりが繰り広げられた。仁木は動じる様子もなく、城門と同じように対処しようとした。
「ターン・バック」
 そう唱えた仁木は、城門の時と同じく、弾丸がその動きを止めると思いきや、弾丸の先に「解呪」という言葉が現れた。
 勢いを止めずに仁木を襲う十数個の弾丸。それらが仁木に到達しようとしていた。
 しかし、やはり仁木は動じる様子を見せずに、立っていた。仁木は迫り来る弾丸を見ながら、急いでマントを翻した。すると、全ての弾丸がマントに当たり、仁木の体を貫通することなく、全て払われた。
 仁木のマントは、見た目布製で変わった様子はない。しかし、翻しただけで、全てをしのいだ様を見せつけられた兵達は、恐れおののき、後ずさりを始めた。しかし、仁木は、彼等がひるんだその隙をついて、兵達の懐に飛び込むと、手にした剣で次々と斬りつけていった。
 兵達にはとらえられない程の速さで動く仁木。兵達は為す術なく、自分の体が切り刻まれるのを待つしかなかった。
 切り刻まれた肉片は仁木の手によって辺りにばらまかれ、即座に再生できないようにした。
 ひとときの静寂。しかし、今度は百人程度の兵が仁木に立ちはだかった。これらの兵は、仁木に何も問いかけることなく、手にした拳銃やマシンガン、手榴弾、バズーカー砲などで仁木を襲った。
 一斉に仁木目がけて襲いかかる様々な銃器。仁木は状況を理解すると、即座に術を行使した。
「仁木龍生の名において命ず。我にまといし火の精霊。今こそ顕現し、我を守る壁になれ。エッグ・オブ・サラマンダー!」
 と唱えると、仁木の体の周りが赤く発光し、それが次第に膨らみ、しまいには直径五メートル程の球を形成した。この球は燃えさかる炎だが、中にいる仁木を燃やすことなくその場で佇んでいた。
 対して、仁木を襲う様々な銃器は、この球にふれると、その熱により赤く染まり、しまいには溶けて地面に落ちていった。この球は火の精霊のよる結界であった。
「ひるむな撃て!」
 兵達は、仁木目がけて撃ち続けた。あらゆる銃器が仁木を襲う。しかし、火の精霊結界はことごとくしのいでいった。それどころか、手榴弾などの爆発物は、その力が吸収されていき、その度に結界は大きくなっていった。
 火の精霊結界は、大きくなるほどに、血管みたいな管や心臓のような鼓動が見られるようになった。まるで何かの卵のように。
「攻撃止め! これはサラマンダーだ! 退け!」
 慌てて叫ぶ兵達。しかし気付くのが遅かった。
「殷兵達よ。諸君等の命運は尽きた。地獄の業火に焼かれるがいい。バース・サラマンダー!」
 そう叫ぶと、仁木の周りを包んでいた、火の精霊結界にひびが入り、中から光に包まれた大きなトカゲが出てきた。
 サラマンダーである。
 サラマンダーは結界から体を出すと、
――――ビャビャギャオーーン
 鼓膜が破れるかと思われるほどの大きな雄叫びをあげ、その大きな口から火を放出した。
 兵達は、慌てて、サラマンダーを攻撃するが、全てサラマンダーの体をすり抜けていった。サラマンダーは火できている。そのため、銃などでダメージを与えることができなかった。為す術なく立ち尽くす兵達。
 攻撃しても太刀打ちできないことを知った兵達は武器を構えることをやめ、ただ、サラマンダーからの攻撃から逃れようと、逃げ道を探した。
 その隙を突いて、仁木は、屋敷の中央に進んでいった。その間も仁木に立ちはだかる兵は多かったが、手にした剣でことごとく斬り捨て、その返り血を浴びながらも眉一つ動かさず鋭い眼光のまま、先に進んでいった。
 すると、不自然に警備の厚い場所があることに気付いた。仁木は、その先が自分の目指す場所に通じるのではないかと見当をつけ、歩を進めた。
 その場所は狭い通路だった。しかし、その通路を塞ぐ程の警備兵に溢れ、仁木の行く手を阻んだ。
 仁木の存在を確認した警備兵達は、銃器や剣など各々の武器を構え、仁木に向かっていった。仁木も、進める足の動きを止めずに、ゆっくり剣を抜いた。
「仁木龍生の名において命ず。我にまといし火の精霊よ。我が宝蔵刀にその力を注ぎ給え」
 そう唱えた瞬間。仁木がもつ刀が発火した。仁木はその様子を確認すると、すぐに刀を振った。まだ兵達と仁木との距離があったため、刀は兵達にかすりもしなかったが、刀の周りにある炎が火炎放射器のような動きをしながら兵達に飛びかかり、襲いかかった。その場は一瞬にして火の海になった。そこにいる者全て炎に焼かれ、その痛みに悶絶した。仁木もまた火に囲まれたが、燃え移ることなく、転げ回る兵達を尻目に先を急いだ。
 目の前に大きな扉。仁木は躊躇せずに蹴破り、その中にはいった。
 そこは、屋敷の中央に位置する中庭。その奥に紂王の姿があった。仁木と紂王が対面した瞬間だった。
 紂王はすだれの奥にある玉座に座っていた。仁木からその顔を確認することはできない。もしかしたら影武者かもしれないと思いながらも、とりあえず周りの状況を把握しようと目をむけた。
「きょえーーー!」
「ぐほ……ぎぇちょべ!」
 優雅な琵琶の音が響くその場には似つかわしくない下卑た叫び声が、辺りに響き渡っている。仁木はその声を主を確認するため、ほのかに香が漂う中庭に足を踏み入れた。
 紂王屋敷の中庭は、野球場ほどの大きさで、池や林などで自然が再現されている。地獄でありながら、その姿はまさに現世そのものだった。ただ、地面や樹木は血の色に染まり、どこも湿っていた。そこを親指の大きさぐらいの肉片が芋虫のように動いていた。
 仁木はゆっくり中庭の中を進んでいくと、池の近くまで来た。
「ん? この鼻をつく臭いは……」
 この池は酒が注がれてできたものだった。これらの酒を裸の醜い罪人達が叫びながら飲んでいたのである。酒という欲望を解放する薬を本能の赴くままに食らいつく罪人達。そこには品性の欠片もなかった。
 一方、林の方では、木の枝に何かが吊されていた。
 肉である。
 綺麗にスライスされた肉が、尺取り虫のようにウネウネ動きながら、枝の先に佇んでいた。そして、酒を飲むのに飽きた罪人は、林まで行き、その肉を口にしていた。
 まさに酒池肉林だった。