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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 カリグラにしても、紂王にしても兵隊は多い方がいい。ましてやマシューのような生粋の悪人は力になる。カリグラは永遠の忠誠を尽くさせるために、マシューの特性を見抜き、マシューの心を揺さぶるものを示したのである。まさにカリグラの思惑通りの展開を見せた。
 その頃、仁木は殷の城の前に立っていた。
 殷の城は石でつくられた高い城壁に囲まれた格調高いものだった。また、城壁の所々に兵士が配置されており、外敵に対する備えは厳重にされていた。その門番達は、仁木の姿を確認すると、一斉に拳銃を構えた。この拳銃は、殷が存在した古代中国に似つかわしくない当時最新式のものだった。片手で構えるタイプのもので、ライフルタイプではなかった。
「貴様は誰だ。名を名乗れ!」
「修羅地獄に来たばかりの仁木龍生と申します。お仲間に入れていただきたく参上した次第です」
「貴様新入りか? どれほどの腕があるか試してやろう。これで為す術なく地面を這いつくばるようじゃ使い物にならぬ。撃て!」
 見張りの兵数十名は同時に発砲した。しかし仁木は慌てる様子もなく、表情を崩さずに立っていた。あらゆる方向から仁木を狙う弾丸。しかし、仁木の近くまで来たとき、全てその勢いを止めた。空中に浮いている数十個の弾丸を仁木はゆっくりと見つめ、
「ターン・バック」
 と静かに唱えた。すると、全ての弾丸が、元来た道を引き返し、発砲した兵士に命中した。
「ぐはぁぁぁ!」
 痛みに悶える兵士達。しかし数人はその弾丸を避け、無傷のままじっと仁木をみつめていた。
「いいだろう。仁木龍生! 入れ!」
 見張り兵の声と共に城門にある扉がゆっくりと開いていった。扉が開くと共に、城壁内の様子が明らかになってきた。
 城壁の中は町のようになっていおり、格子状の道路の脇には家が建ち並んでいた。地獄にありがちの朽ちたものではなく、清潔感が漂う中国式の住居だった。しかし、住人達は明らかな狂気に支配されていた。
 道の中央で男が逆さにつるされていた。その男に数人の男女が、刃物でその体を少しずつそぎ落としている。男は痛みのあまり泣き叫んでいた。出血は激しく周りは赤く染まっていた。横にいた女が
「そろそろいいんじゃない?」
 と言いながら腹をナイフで刺し、内臓を取り出した。
 また別の所では、男同士がナタを振り回し殺し合いをしている。片方の男は首を傷つけられたのか、皮一枚でつながっているだけでだらしなく首が垂れ下がっていた。
 暫くすると、赤い液体が空から降ってきた。何かと思い仁木は空を見上げた。空には薄汚い鳥の羽根を付けた兵士が桶にはいっている血液をまき散らしていた。
 その血液は、初めは液体の姿をしているが、少しずつ動きだし、それぞれが結合し始めた。どうやら、罪人達が液体になるまでミンチにされたもののようである。
 このようにあらゆるところに血がまかれ、それらが少しずつ結合しているため、ウジのような肉片がそこら中でうごめき合っていた。
 仁木は、凄惨な光景を前に眉一つ動かさず平然としながら道路を歩いて行った。途中、仁木を呼び止める罪人がいたが、歩みを止めることなく、懐から抜いた剣をその罪人に浴びせ先に進んでいった。
 目指すは一番奥にある紂王の屋敷。罪人達の狂気じみた叫び声を背に、黙々と進んでいった。
 屋敷に近づけば近づくほど、周りにいる罪人達は人の姿から遠ざかっていった。頭が三つある男。目が体中にある女。馬鹿でかい頭だけの男。人間の頭をしている大きな蜘蛛。皆言語と呼ぶには程遠い、うめき声しか出すことができなかった。
 皆、奇声をあげながら仁木に襲いかかったが、
「身の程を知れ! 立ち去れい!」
 という叫び声とともに、襲いかかる全ての者は仁木の手にした剣で切り刻まれた。その様子を見た他の異形の罪人達は、明らかに怯えた様子を見せながら後ずさりを始めた。
 仁木はそれらの異形の罪人達を無視し、先を急いだ。
 罪人達を斬り続けること数時間。やっと紂王の屋敷に到達した。仁木の体は罪人達の返り血で赤く染まり、その染みもうねうねと動いていた。
 紂王の屋敷にもまた門があった。屋敷の中に入るには、その門を通り抜ける必要がある。しかし当然のことながら、その門は閉じられていた。門を警護する門番が十名、仁木の姿を確認すると、機関銃や大砲などあらゆる銃器を仁木に向けた。
「これより先は、帝、紂王陛下の屋敷である。通行手形なきものが通ることまかりならぬ」
仁木は
「問答無用」
 と言い捨てると、超高速で駆け、発砲される前に、それらを操作している門番達を斬り捨てた。
 現世だったら斬るだけで死に至る。しかしここは地獄。痛みさえ我慢すれば、負傷していない場所を動かすことができる。それを知っている仁木は、体をバラバラに分解すると、それらを遠くに放り投げ、即座に再生できないようにした。誰もいなくなった門は固く閉じている。本来門の開閉をする役目にある門番は仁木によって処分されたのである。
 仕方なく仁木は力一杯壁を蹴ると、大きな木製の扉は跡形もなく砕け散り、紂王の屋敷の中がはっきり見えてきた。しかし仁木はすぐに入ろうとしなかった。仁木は何かを確かめるように、足下に落ちている小石を門の中に投げ入れた。すると、コツンという音と共に赤く変色し、溶けていった。
「これはβ23結界……罪人がこの結界を?」
 仁木が呟くのも無理なかった。β23結界とは、結界官にしか使用を認められていない結界である。そのため、結界をはる方法は結界官を所轄する資源・エネルギー局の門外不出の奥義として厳重に管理されているのである。
「仕方ない。β23の解除は確か……これだな」
 といいながら、仁木は手にした剣を勢いよく地面に突き刺した。すると、仁木の目の前に直径五メートル程の光の円が描かれ、同時に、空から仁木が手にしたものと同じ剣が六本降ってきた。仁木が突き刺した剣と同様に、六本の剣は勢いよく地面に突き刺さった。この剣は初めに光で描かれた円の上に均等な距離を保ちながら刺さっていた。
 更に円の光が明るくなったかと思うと、剣と剣の間に光の筋が伸び、最終的に六芒星が描かれた。仁木はこの六芒星を確認すると、静かに目を閉じ、呪文の詠唱を始めた。
「ウル バリア ジョパメール グル エン。ゴロール ブル ザッソ! 出でよ火焔鳥(かえんちょう)!」
 一段と眩しさを増す六芒星。仁木は光をその手で遮りながらも六芒星を見つめる視線は逸らさなかった。
 六芒星からゆっくりと翼を広げる鳥が見えてきた。光に包まれつつも、メラメラと燃えたぎる鳥である。翼を広げると十メートルはあろうかという大きな鳥。これが火焔鳥である。
「火焔鳥よ。仁木龍生の名において命ず。今から私が発する記号を汝の眼前にあるプログラムに混入させよ。13432 11232 467456 234256 222345 1654」
 仁木が数字を詠唱すると、火炎鳥はその数字を聞きながら、火炎を結界に吹きかけた。その炎が結界にふれると、その炎が緑に変色し仁木が詠唱した数字が次々と現れては消えていった。
 最後の「4」が現れたのと同時に、結界は粉々に砕けていった。