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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|55ページ/140ページ|

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 しかし、今のハルはちょっと違っていた。これまでは守ることで愛を示そうとしていた。しかし、トロンの言葉により、信じること、受け取ることを学んだ。それも愛の形だと。バベルの塔で罪人達が自分を身を挺して守ったこともありがたく受け入れることが罪人達に愛を示すことになるんだと。
 そして、罪悪感を過剰に背負うのではなく、自分は愛されている。幸せ者だと思うこと。
 そう考えが至った時、忌まわしい記憶が戻ったと思っていたが、実は喜ばしい記憶だと実感した。これまで、多くの人を自分のせいで不幸にしたということしか記憶として残されていなかった。実際は、自分に愛を示すために墜ちていたのである。罪悪感が全く消えたといえば嘘である。しかしそれを肯定的に受け止めることこそ、その愛に報いること。だから、むしろその事実を誇りにしようとした。
 今回を含め、これまでに取り戻した記憶を振り返った。顔も名も分からないが、自分のことを常に考えてくれた最愛の夫。地獄に堕とされてまで自分を守ってくれた笠木。天使としての職を捨ててまで守ってくれたベリー。そして自分のことをいつも気遣い導いてくれた父親のような軍人。
 確かに自分は愛されていた。自分は生前、いや死んだ後も幸せだった。そうしみじみ実感した。そして最愛の夫と同じく、顔も名前も思い出せない軍人の姿を必死に追いかけていた。どんな顔だったのだろう。いつかは思い出せるだろう。それまでの楽しみだと、ウキウキさせた。
 希望に満ちあふれたハルは目を輝かせながら、同じく輝く未来へ踏み出そうとしていた。その目に映るのは、次の地獄へ続く扉。それがゆっくりと開いていった。そしてまた同じく輝いているその先にハルはゆっくりと踏み出していった。
 ハルが、しみじみと振り返った記憶の中にいた大切な人物。皮肉にもこれから踏み入れる新しい地獄で立場を変えてハルの前に立ちはだかることになる。その人物とは、ジャッジによって辞令を発令された修羅地獄主任管理官、仁木龍生だった。仁木はハルの記憶に現れた父親のようにいつも親身になってハルを導いてくれた存在だった。
 ハルがバベルの塔を通過した時から遡ること三ヶ月、仁木は、刑務官としての天使制服から、ハルの記憶に登場した時と同じく明治政府軍の軍服に着替え、バベルの塔の次にあたる地獄の入り口に立っていた。これからハルも踏み入れることになる地獄である。
「修羅地獄第五界か……それぞれの獄卒長が担当するエリア全てのバベルの塔通過者が一堂に会する。もしくは、軽い罪を犯した者が、裁判後直接送り込まれる地獄。この地獄を通過したら地獄から釈放できる権利を得ることができるという最も煉獄に近い場所でありながら、最も通過困難な地獄か……ほとんどの罪人はこの地獄で足止めされ、それ故に地獄を脱出できる者がここ数百年一人もいない。だから、修羅地獄に留まる罪人の数は第五界だけでも百万人を超す……なんともえげつない仕組みなんだ……」
 ドアを開けて修羅地獄に踏み入れた仁木は、荒涼とした大地をゆっくりと歩いていった。修羅地獄は、強風が吹き荒れ、砂塵のせいでよく前を見通せない。空は曇り、遠くから落雷の音が聞こえてくる。煉瓦や石でできた廃墟のような朽ち果てた建造物があるが、そこには誰もおらず、その役目を果たしていなかった。
 血や肉のような生々しい臭いがたちこめ、実際に肉片が芋虫のように動いていた。仁木は、そんな不気味な様子には目もくれず、ゆっくり、入り口近くにある煉瓦造りの大きな壁に向かって歩いていった。
 その壁には、腕や頭、足などがばらばらに斬り落とされた者達が十数名、それぞれの部位ごとに大きな釘で打ち付けられていた。それぞれの部位からはおびただしい血が吹き出していた。しかし、それでも明瞭に意識があることから、痛みに耐えるようにピクピク動いていたが、釘で打ち付けられているため、それぞれが再生されることはなかった。ただ、血だけは、一旦全部流れ出た後、再生のために逆流し、それぞれの部位に戻っていった。
――――ピチャ……ネチャネチャ
 血が流れる音と、肉片がけいれんする音が響き渡り、同時に
「うおおおおおぉぉ……いてぇよぉぉ……」
 罪人達の悲痛なうめき声が無旋律の合唱のように奏でられていた。
 仁木は、憐れな罪人達ではなく、余ったところに書かれている文字を凝視した。
「新入りの罪人共に告ぐ。この者達のようになりたくなければ、我が軍門に下れ。ローマ帝国皇帝「カリグラ」だと? 西の国はローマ帝国なのか……確か、主任管理官の前任者はこのカリゲラに捕まり永久に渡って拷問を受けることになったと聞いたが……」
 地獄における刑務官は力こそ全て。ましてや罪人なんかに捕縛されるなんて恥以外の何者でもない。そのため、他の天使によって救出などはされず、天使不適格者として解任された上に、罪人として処理される。つまり罪人達のおもちゃになるのである。
 裏を返せば、天使でさえも最悪の事態に遭遇してしまうほどの危険に任務だといえる。
「カリグラ攻略はまだ早い。まずはこちらかな?」
 と言いながら仁木が見つめたのは、ローマ帝国による勧誘文とは違う文章がだった。
「我が軍門に下れば、現世で禁じられていた全ての快楽を諸君等に提供しよう。是非我が国の門をくぐれ。殷帝「紂王」……これだな。殷ということは中国か。まずは紂王を討伐すべし……ということか?」
 修羅地獄は、広大な大地の上に多くの罪人が詰め込まれる。罪人の数が多いが故に、力あるものが弱い者を従え組織を構成する。第五界は今、大きく分けて紂王による殷という国と、カリゲラによるローマ帝国という国の二つが勢力を保っていた。
 仁木は照準を殷の紂王の定めると、壁の勧誘文によって指し示されている東の方向に向けて歩いて行った。
 その頃、西の国、ローマ帝国の首都ローマでは、皇帝カリグラによる宴会が催されていた。そこは、石畳が敷き詰められ古代ローマ帝国を思わせるような宮殿だった。床は赤い絨毯が敷かれ、一段高い場所にある玉座には、髪と瞳を深紅に染めた皇帝カリグラが座っていた。カリグラの髪と瞳の深紅に比べ顔は異常なほど白く、生気の欠片も感じることができない。髪は短髪で、怒り狂っているが如く逆立っていた。
 カリグラは、瞳と同じく深紅に染まったワインを手にしながら玉座から降りると、側で跪いているタキシードにシルクハットをかぶっている紳士に声をかけた。
「マシュー・ポプキンズさんといったね?」
「はい。皇帝陛下」
「あなたは、生前、魔女狩り将軍として罪もない婦人を拷問にかけ、処刑台に送り込んだそうだね?」
「ちょっとそれは違います。審問官として法の定めるとおりに審問しただけです。結果魔女が多かったというだけで……」
「そうなのか……それは残念だ。私はあなたの拷問にかける情熱に期待していたのだが……思い過ごしだったようだな」
「…………」
「私は、拷問が好きでね。用済みになっクズを心が壊れて使えなくなるまでなぶるのが趣味なんだよ。だからいつもその後はゴミ箱行き。いらないものを使えなくなるまで潰してたところでちっとも困らない。違うか?」
「左様で……」