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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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第10章「殺戮の国家」



 出口の扉をくぐったハルは、見覚えのある豪華な部屋に通された。例の如く、その部屋の真ん中に椅子があった。ハルは、いつものように、その椅子に座り、問答が始まるものと思っていた。しかし、着席を促される前に腰を下ろすのは失礼にあたると考え、その場で待っていた。
 しかし一向に声が聞こえてこない。ハルは仕方なく、その場を歩き回りながら、部屋の内装をなんとなく眺めていた。いつもと違う様子にハルは戸惑いを見せた。
「罪人よ。かけ給え」
 いつもと違う声が聞こえてきた。前までいつも自分を励ましてくれていると思っていた声とは違う。姿を見たことはないが、自分の事を見つめ育んでくれるその声の主に再会できるという期待感をもってただけに、ハルは落胆の表情を浮かべた。しかし、声の主が誰であろうとバベルの塔を通過するために必要となる大事な儀式には変わりない。ハルは気持ちを切り替えて、新たな声の主との問答に意識を向けた。
「はい。よろしくお願いします」
「汝は、バベルの塔にて消滅をせずに先へ進む道を選んだ。次に待ち受ける地獄は、罪人同士の醜い争いに耐え続けることにある。刑務官などの天使にはない残虐な方法を使って汝を苦しめることだろう。それでも耐え抜く覚悟はあるか?」
「あります」
「汝の覚悟しかと承知した。バベルの塔を通過した褒美である。ありがたく受け取るがいい」
 ハルは虚を突かれた。いつもならもっと自分の心を揺さぶるような問答があるのに、なんともあっさりとしたものだったからである。たった一言しか答えていない
それも単なる返事のみだ。ハルは、そんな簡単に褒美のディスクをもらっていいものなのかという思いでいっぱいになった。
「あの……天使様」
「何だ?」
「質問はこれで終わりなのですか?」
「左様。次の地獄に踏み出す覚悟があるかどうか明確になればそれでよいとされている。前任者は、もっと踏み込んだことを聞いていたそうだが、制度上そこまでやる必要はない」
「あの……その前任者の天使様はどうされたのですか?」
 聞いていいのか迷ったが、話の成り行き上つい聞いてしまった。
「配置転換があったそうだ。汝がこれから踏み込むであろう修羅地獄にな。ふっこれ以上は答える義理はない。早急に褒美を受け取り、先を急ぐべし」
 ハルは次の地獄でその天使に会えるかもしれないという思いから、顔がほころんだ。次はどんな地獄かはっきり分からないが、楽しみが一つ見つかったのだ。
 ハルの頭上から、褒美のメモリーディスクが光を伴いながら現れた。ハルはそのメモリーディスクを受け取ると、いつものように頭に挿入した。
――――キュルキュルキュル
 と頭の中でディスクが回転するのを感じると、同時に映像が浮かんできた。
 目の前に一人の天使がいる。その天使は、ハルを捕らえようとしていた。おそらく、神仙鏡という鏡を盗難した後、天使に追い詰められたのだろう。観念するハル。しかし、
「やめろ!」
 と言いながら、天使の前に立ちはだかる男がいた。
「笠木さん! そんなことしてはいけません。折角……」
 ハルは、自分を助けようとしてる笠木という男を諫めようとしたが、
「あの時春江さんは私を助けてくれた……ただただ人を恨むことしかできなかった私なんかを……だから今度は私があなたを救う番です」
 と言いながら、天使に向かっていった。結果、笠木は天使から容赦なき攻撃を受け、地獄に堕とされてしまった。
 場面は変わり、ハルは天使と一緒に逃げていた。その天使は、自分の天使という立場を捨ててまでハルを守ったようだ。逃亡のため日本を離れ、いよいよ逃げ切れそうだというところまで来た時、とうとう追い詰められてしまった。
「ベリー様? ……ベリー様?」
「……さん……ここでお別れです」
「そんなこと言わないでくださいよ。ベリー様はいつだって諦めなかったじゃないですか」
「いいえ、諦めませんよ」
「でも地獄に……」
「はい。確かに地獄に行くでしょう。でも、それで終わりじゃないんです。地獄に行っても、絶対はい上がってきます。どんな仕打ちを受けても、私の魂は潰えない。だから大丈夫です」
 ベリーと呼ばれる天使は、ハルを守り抜き、自分は地獄に堕とされることを覚悟しながら、一切悔いる表情を浮かべなかった。
 この映像を眺めていたハルは、ベリーの顔を見て驚愕した。服装や髪の色が多少違ったが、紛れもなくスワンだったからである。
 ハルはスワンが身の上話をした時のことを必死になって思い出した。元天使だったこと。ある人間を守るために地獄に墜ちたこと。地獄から這い上がることをその人間と約束したこと。全てこのメモリーディスクの内容と一致する。
 ハルは地獄に墜ちる前、自分を絶えず見守り、時には体をはって助けてくれたベリーの存在を思い出した。かつてハルにとって尊敬の対象であり、大切な存在だった。それがスワンだったのである。スワンが以前、自分のことを打ち明けたとき、スワンがいう人間のことがもしかしたら自分かもしれない。となんとなく思っていた。
 しかし、記憶として生々しく結びつくと、大切な人が身近にいるという喜びは確かにあったが、これまでのように接することができるのかという不安感や、自分のせいで地獄に墜ちてしまったという罪悪感などが複雑に絡み合った。
 先程も自分のために地獄に墜ちた笠木の記憶を見せられた。いくらそれぞれ自分の意志でハルを助け、地獄に墜ちたとはいえ、自分が存在しなければそんな憂き目にも遭わなかったはず。折角取り戻した大切な記憶だが、奇しくもハルを自己否定の傷を負わせることになってしまった。
 暗く落ち込んでいるハルの目の前には次の映像が流れてきた。
 目の前には、明治政府の軍服を着ている初老の軍人が一人。顔はぼやけて見えないが、静かにハルを見つめていた。また顔を確認することができないのかと落胆していると、この軍人は静かに語り始めた。
「……後悔しているでしょ?」
 軍人がハルに語りかけた。
「はい……私のせいでベリー様や皆さんが……」
 笠木やベリーが地獄に墜ちたことを悔やんでいるようである。この記憶の中におけるハルの言葉は、今現在のハルの心境と同じものだった。
「駄目です。後悔してはいけません」
「え?」
「みんなあなたのために犠牲になった。でも、誰ひとりそれを悔やんでいませんよ」
「そんなこと……分からないじゃないですか!」
「いいえ。皆、あなたに笑顔を投げかけながら墜ちていったはずです。そうでしょ? 人のために自分が犠牲になる……これは愛なのです」
「愛?」
「そう、あなたに対する愛」
 ハルは思い出した。この軍人の事を。名前や顔は分からないが、死んでから地獄に堕とされるまでの間、死後の世界について全く無知だったハルを導き、父親のように育んでくれた存在だった。
 この会話のやりとりもはっきり思い出した。愛とは自分を犠牲にしてまでも相手に尽くすこと。愛される者は、それをしっかり受け取ることがその愛に報いることだと。
 その当時はこの言葉をにわかに受け入れることはできなかった。何と言われても、自分のせいで地獄に墜ちてしまうことには変わりない。自分が他人を不幸にした事実は揺るぎないからである。