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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|48ページ/140ページ|

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 陸軍十等兵も含め、一同ハルの動きを固唾を呑んで見守った。リンが溢れんばかりの情熱でもってハルに訴えたが、ピクリとも動くことなかった。
 陸軍十等兵達における好奇の目と、罪人達の絶望にうちひしがれた目がハルに集まること数十分、ハルの体にわずかな変化が起こった。
 目からポロリと涙がこぼれたのである。罪人達の中でどよめきが起こった。
「姉御!」
 口々にハルを呼ぶ声がかけられる。その言葉に応えるが如く、ゆっくり頷くと、静かに起き上がった。
 そして、近くにいたリンに思いっきり抱きついた。ずたずたに切り刻まれた心を罪人達の優しい光が癒してくれた。罪人達の強烈な思いが、痛いほどハルの胸に歓喜の泉として流れ込み、涙としてその頬を濡らした。
 ハルは、そのうれしさを、無意識なうちに近くにいるリンにぶつけたのである。戸惑うリンだったが、紛れもなく自分達の思いが届いた結果である。ほっと胸を撫で下ろしながら優しくハルの肩に手を置いた。
「姉御!」
 他の罪人達も同じ気持ちだった。ハルが復活を確認すると、皆ハルの側に駆け寄り、ハルに抱きついた。
 罪人達と手を取り合って、共に喜びを共有したハルだったが、ふれあうにつれ、罪人達の体にある痛々しい傷、止めどもなく流れる血が目に飛び込んできた。
「皆さん……その傷は……私のために?」
「まあそうだけどよ、圧縮地獄に比べたら屁でもねぇ。気にすんな」
「おうよ。姉御が帰ってきたら何も文句ねぇ。怪我は時間が来れば治るから問題ねぇ」
「皆さん……」
 そう呟きながら更に涙をこぼすハルだった。
 自分のために罪人が傷ついたことに心を痛める一方で、そこまでして自分なんかを助けてくれたという罪人達の優しさに胸を熱くした。
「どうして私なんかのために……」
「何言っているんだ! 姉御だからじゃねぇか。これまで俺達を助けてきただろ? 困った時はお互い様よ」
「皆さん……」
「それよりよ、天使共が攻撃しなくなったんだよ。姉御どう思う?」
 罪人達が抱いた疑問。それはアナウンス室にいる二人にとってはもっと理解しがたい疑問だった。
「カムリーナ君……これまで君が見てきた中で、罪人同士が助け合うってことあったか?」
「あり得ない。一人の罪人のために皆が体をはるなんて……」
「だよな。天使が攻撃の意欲をなくしたことは?」
「ない……それに、トロン君、罪人達を見てみろよ。威光が……」
 ハルを助けた罪人達の体は、気品に満ちた綺麗な格好になった他、体の周りが微細な光で覆われていた。ただ、ほん些細な光であるため、罪人達本人は気付かないものだった。しかし、天使である二人はそれを見逃さなかった。
「地獄の罪人が威光を携えるなどと……君が言っていたハルが威光を携えるのと関係が?」
 ここは地獄。精神の有り様が容姿に直結する世界である。罪人達はこれまでの悪行によって染まったどす黒い魂が、ハルを思う心により浄化されつつあったのである。
「これもハルが起こした奇跡と言うべきか。いや、君に見せたいのはこんな些細なものではない。ハルが歌った時こそ、本領を発揮する」
「……君の言うことはあながち大げさではないということか」
「分かってくれたか? 私の読みだと、もうすぐ歌う。これからが本番だ」
 アナウンス室の二人がハル達を見守る中、現場では事態が動いてきた。
「え? 本当だ。天使様が攻撃してこない。分かってくれたんだ。傷つけ合うことの虚しさを」
 ハルの喜びとは裏腹に、罪人達は、渋い顔をしながら話を聞いた。
「姉御! それはない。天使に限ってそんなことは……」
「でも、攻撃してこないのは、それしかないじゃないですか。そうでしょ? 天使様。戦い合う事がどれだけ空しいのか気付いていただけたんですよね?」
 天使に問いかけるハルだったが、陸軍十等兵達は、困った顔をするばかりで返答できなかった。
「いや……でも……我々は罪人共を痛めつけるのが仕事なのだ」
「どうしてですか? どうして痛めつけなければならないのですか?」
 天使達にとって罪人なんて虫けら同然。傷つけて当たり前だと思っている。改めて何故だと問われると途端に答えに困ってしまった。
「罪人は魂が穢れているからである。痛めつけるのは正義である」
「それは違います。皆さんは私を命がけで守ってくれました。人を思いやれる方がどうして穢れているんですか! スワン君も落ちた人を助けるために降りていったのに、どうして多くの天使様で傷つけようとされたんですか? 人を助けようとすしている魂は穢れているんですか!」
 陸軍十等兵達は、罪人達の中に見えた自己犠牲の心。溢れんばかりの愛を思い起こした。天使である自分達すら容易にできない愛の姿を体現している罪人達を慈悲の欠片ももたずに攻撃しようとしている自分が恥ずかしく思えてきた。
 容易に惑わされるのは、十等兵という天使として未熟が故のことだった。ハルの言葉に答えられず、それどころか、ハルの言葉に納得している十等兵が多くいた。
「いや……しかし……我々は命令を受けてここにいる……それを反故にするわけには……」
「そうだ……命令に背くことは法令違反……天使にあるまじき行為……」
 十等兵達はハルの言うことがもっともだと思う反面、天使としての職務に反することはどうしてもできなかった。もし、そんなことをすれば、公職天使法第三十五条第二項にある「職務専念義務」に違反することになり、罪を犯すことになる。
 また、天使としてのプライドから、罪人達に丸め込まれるようなことは最も恥と考えられた。
「天使さんよ。俺なんかの言葉を聞いてくれるかわかんねぇけどよ。お偉いさんのいいなりになるんじゃなくて、何が正しくて、何が間違っているかぐらい、自分の脳みそで考えていいんじゃねぇか? あやつり人形じゃねぇんだからよ」
「そうだ。俺だってよ。前まで、人助けとか、信じるとかふざけんなって感じだったけどよ、姉御に会って変わったんだよ。考えること全く変わっちまったけど、これ俺の脳みそで考えたぜ」
 天使がなんだか憐れに見えてきた。罪人達の率直な感想である。それが故に自然と言葉が出てきたのである。十等兵達は自分達を見下すことがなくなった。そういう実感からも言いやすかったのかもしれない。天使と罪人の対話。いくら相手が未熟な天使だとはいえ、地獄では絶対にあり得ない光景が繰り広げられた。
「馬鹿にするな罪人共。そんなことぐらい分かっている」
 十等兵達はハルを始めとする罪人達の言うことが正しいと分かっていながらも、罪を犯してまで飛び込むことはできない。天使としての職務遂行が、正義に直結しない矛盾を肌で感じていた。それ故に、正義を達成できない辛さをその顔に滲ませていた。
「私の言っていること分かっていただけたようですね。うれしいです。でも、天使としてのお立場がそれを許さないと……どうすればいいのでしょうか?」
 思わぬ障害に、ハルは考え込んだ。
「姉御、こんな時は歌じゃねぇか? 理屈で解決しねぇ時は歌だ」